◆開始-兎と猫(兎・猫)

「んもぅ!なんでー!?あたし強いよ!?ホントだよー!?」

赤いテープと看板で封鎖された区域は、魔物が出た場所だっていう印。

お気に入りのグローブをはめて、額には紫のバンダナを締めて、靴は履きなれたスポーツシューズ。
このグローブで今日こそ魔物をバッシバシ倒してやるんだ!
なんて意気込んで、ラジオで流れた魔物発生ニュースを頼りに、あたしは現場までやってきた。

だけど、立ち塞がった強敵は魔物じゃなく―ヒゲモジャのおじさん。

「そんなボクシンググローブで魔物を倒す気か?遊びじゃないんだぞ?」
「遊びじゃないもん!本気だもん!あたしが来たからには、さくさくっと倒しちゃうよー!」
「はいはい、早くおうちに帰りなさい。ハンター資格が無い人は、ここは今立ち入り禁止だから」
「ケチー!あ、ほら、あそこにあたしと同じくらいの子いるよ!?」

真っ赤なツンツン髪の男の子を指差すと、おじさんはチラッとそっちを見て、すぐに苦笑した。

「ああ、あれはいいんだよ、ハンターだから。制服着てるだろ」

言われてみれば、色とか細かいところは違うけど、みんな同じ形の服を着てる。目の前のおじさんも。
制服があれば、あたしも魔物と戦えるかも!

「お嬢ちゃん、分かったかな?大人になって、ちゃんとハンター資格とって、それからまたおいで」
「じゃあ制服貸して!」
「だから、ハンター資格がないとダメだって言ってるだろうが。ほら、帰った帰った」
「ぶー!こうなったら力ずくでも…!」

「ラヴィ、そこまでにしなさい」

パーカーをぐいっと引かれて、あたしは慌てて振り返った。
制服姿で呆れたように立ってたのは、同級生で友達のキャーだった。

「すみません、うちの子がご迷惑をおかけして。許してやってくださいね?」

モデルのお仕事で培ったっていってた、あたしには出来そうにない、可愛いしゃべり方と仕草。
口元で指を組んで、キャーは上目遣いにハンターのおじさんにそう言った。

照れたように真っ赤になって、おじさんは目を逸らした。

「あ、ああ…構わないから、さっさと連れ帰ってくれ」
「ええ、そうしますわ。ありがとうございます。それでは、失礼しますね」
「うわ、ちょっ、キャー!あたしはまだ…」

表面はにっこり笑っておきながら、キャーは見かけによらない腕力であたしの首根っこを掴んで、
くるりと反転して歩き出した。おじさんと現場が遠ざかっていく。

今日こそは魔物と拳を交わすんだって決めてたのに!

「まったくもう…普通に考えて、一般人が魔物と戦えるわけないでしょ?」
「戦えるもん!あたし強いよ!?」
「あのね、ラヴィ。ボクシングとモンスターハントは全っっ然違うのよ?わかる?」
「わかるよ、ボクシングは人間が相手でしょー?」

「そうね、人間相手で、ルールに守られてるわよね。だけど、魔物にはルールも何もないのよ?
 命に関わるような怪我をする事もあるし、負ければ殺されるの。わかってるの?」

「あたし強いもん!」

ようやくあたしの首根っこをつかむ手を引いて、キャーは大きな溜め息をついた。

同い年なのに、キャーは大人で、落ち着いてて、綺麗で、話も上手い。
キャーが味方してくれれば、あたしも魔物と戦わせてもらえると思うんだけど…断られっぱなしだ。

「どうしてそんなに魔物と戦いたいの?しかもボクシンググローブで」
「どうしてって、力試し。グローブは…あたしボクサーだから、これじゃなきゃ戦えないよ!」
「人間相手の試合でいいじゃない」
「人間と魔物は違うよー!それに、ボクシングじゃ重量制限とかルールとか面倒なんだもん!」
「…私、時々あんたのその思考が羨ましくなるわ…」

キャーのカバンの中で、携帯が鳴る音。この音だと、お仕事の連絡かな。
あたしに「逃げないでね、後でアイス奢ってあげるから」って言ってから、キャーは電話に出た。

「はい、キャー・ローサです…ええ、ええ、オーディションの結果が?…そうですか…!」

声がキラキラした。何かに受かったのかな?
だけど、すぐにその声が曇った。

「え…?経験不足…ええ、そうです。はい…一年…ですか…」

何かあったのかな…?
そう思う間に、キャーの声がいつもの格好いい声になってた。

「分かりました。一年で、その欠点を埋めます。ええ、よろしくお願いします」

電話を切る音を待って、あたしはキャーに首を傾げた。
目が合うと、キャーがにっこり笑う。

「映画のオーディションに受かったの」
「え、ホント!?おめでとー!」
「ありがと。だけど、今の私は役をこなすには力不足なんだって。見た目、デザインで選ばれただけ」
「でも、受かったんでしょ?映画に出られるんだよね?あたし、観に行くよ!」
「歴史モノで恋愛モノなんだけど」
「…が、頑張って寝ないようにする…!」

「うん、頑張ってね。さて、私も頑張らなきゃ。力不足だなんて言われないよう、
 撮影が始まるまでの一年間、みっちり色んな経験積まないとね!」

「あたしも!頑張って魔物と戦って、そして勝つ!」
「…そうだわ、興味なかったから、詳しくは調べてないけど…」

持っていた鞄の中を、キャーがごそごそし始めた。
キャーの鞄の中は、よくわかんない"身だしなみグッズ"で溢れてる。
その間からポロッと出てくる飴とかチョコとかを時々くれるから、ちょっとだけワクワクする。

「あった。今朝、駅で貰ったんだけど」

キャーが取り出したのは、一枚の紙だった。よく掲示板に張られてるような、ぱっと見タダの広告。
内心でガッカリしながら覗き込む。

けど、そこに書かれていたのは、お菓子を貰う事よりもワクワクするような話だった。

「島で…遺産探し?入場自由…島特有の魔物も沢山!?え、え、資格なくても戦えるの!?」
「おまけに遺産探し参加者は衣食住提供、安全保証。大穴で遺産を見つけられたら…」
「ボクシンググローブ買い放題!」
「…使い道はともかく、面白そうね。世界中から人も集まるだろうし、いい経験になるかも」

「ねねね、いつから?いつから始まるの、そのお宝探し大会?」
「ちょっと待ってね…ええと、一番近い港から出航する船だと…明日の朝に出るみたい」
「大変だよ!急いで帰って準備しないと!」
「事務所にも連絡なきゃいけないし、休学手続…は、いいか。ラク先生が何とかしてくれるわよね」
「じゃあ、準備して駅で待ち合わせだね!」

あたしはそれから急いで帰って、お気に入りのボストンバッグに荷物を詰め込んだ。
貯金箱を逆さまにして、今まで持った事のないような全財産をお財布に詰めて、グローブは首に。
ダイニングのテーブルの上に置き手紙をして、迷ったけど履き慣れた靴を履いた。

待ってろ、ナントカ島の魔物ー!あたしがバッシバシ倒しちゃうぞー!

終。


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色々なサイトさんでそれぞれの島に来た経緯を読んで、面白かったのでやってみました(´∀`)
相変わらず公式設定ほぼ無視、個人的妄想創作物です。