◆師弟3

道を塞ぐ魔物を斬り倒して、剣を鞘に収めた。
目的物らしき緑色の宝石を拾って、足早に来た道を戻る。
視界の悪い場所では魔物に不意打ちを喰らう可能性があるから、確認は後にしたほうがいい。

安全地帯に張ったままにしたキャンプに戻ったとたん、青ペンがぺたりとおれの足にしがみついた。

「ぴー!」
「ただいまー。いい子にしてた?」

師匠のところに置いてこようと思ってたんだけど、いくら言い聞かせてもダメだった。
見かねた師匠に連れて行けって言われて、今に至る。

でも危ないから、魔物が居る目的地に行くときは、手前の安全な場所に張ったキャンプで留守番。
付いてきたがるけど、ケガさせたら可哀想だし。

「ええと…翡翠は集まったし、指輪とネックレスも足りてるし、宝石箱も…これで終わりかな」
「ぴ」

師匠に頼まれた"おつかい"は、特定の地域で見付かるアイテムを幾つか集めてくること。
同時に課せられた条件は、手技や足技を封じて、剣だけで戦うこと。

「…そだ、剣の確認と手入れ」

剣は己の牙だが、道具だ。感覚に頼らず、確認と手入れを怠るな。
何度も師匠に言い聞かされたのに、戦闘に気をとられると、どうしても忘れそうになる。
素手でもある程度は戦えるっていう意識が、どこかで邪魔をしてるのかもしれない。

「手入れ終わったら、帰ろうね」
「ぴー!」

この子が誰かの飼いペンだったとしたら、飼い主に無事に返してあげなくちゃ。
そう思ってるけど、やっぱりちょっと寂しい。野良ペンだったらいいななんて、心のどこかで思ってる。

「…よし、終わり。師匠のところに帰ろっか」
「ぴ」

師匠に渡された転送用の携帯は、転送先を選べない代わりに、必ず師匠の家の前に飛ぶ。
師匠の家はあの谷の道を越えなきゃいけないから、渡されたとき、少しほっとした。
いくら剣が形になってきていても、あの黒いのに囲まれるのは、やっぱり怖い。

キャンプを閉じて、青ペンを腕に抱いて、携帯を発動させた。一瞬で景色が変わる。

「師匠、ただいま戻りましたー」

家のドアを開けると、師匠が片刃の剣を調べていた。
刀身は細くて、少し反ってる。変わった剣だな、初めて見たかも。

「…確かに」
「はい!」

集めてきたアイテムを確認して、師匠が口の端に少しだけ笑みを浮かべた。

「出掛ける、明後日には戻る。体を休めておけ」
「あ、例の女の人ですか?喜んでもらえるといいですね!」

師匠が今度は、はっきりと苦笑した。
好きな人にプレゼントしたい物があって、それを集めてこいって言われたと思うんだけど。

「美点であり、欠点だな」
「…はい?」

師匠はおれの頭をくしゃくしゃと撫でて、白いコートを翻して行ってしまった。

…どういう意味だろ。というか、何が美点で欠点?
よく分からないけど、師匠とその女の人、上手くいくといいな。



二日間休んで、三日目は師匠も一緒にのんびり。
四日目、師匠に連れられてあの谷に来た。

近くに見える黒いのが一体、こちらに気付いたのか、距離を縮めてくる。

「剣だけで、あれを倒せ」
「…はい」

素手では全く歯が立たなかった、黒い魔物。斬れるだろうか。

「他は俺が始末する、それだけに集中しろ」
「はい」

長剣の重みを確かめるように、ゆっくりと持ち直す。意識が集束されていく。
素早く繰り出された腕をかわして、黒い体に刃を走らせた。浅い。

無理に踏み込んでも、振り抜けずに刃を食い取られるかもしれない。
間合いを取って、剣を構え直した…その時。

「ぴー、ぴー!」

置いてきたはずの青ペンの鳴き声。魔物に気付いていないのか、一直線に走ってくる。
魔物の視線がおれからペンギンに移って、その足が地面を蹴った。
青ペンの足が止まって、その場でしゃがみこんで丸くなる。

何も考えられなかった。体が勝手に動く。
ペンギンに向かって腕を振り下ろす魔物の脇腹を蹴って、反動で僅かな距離を取った。
師匠が一度だけ見せてくれた、剣に己の体重を乗せる技。手応え。魔物が倒れて、消えた。

「ぴー!」

剣を鞘に収めて、足にしがみついた青ペンを抱き上げて、視界の端の師匠に向き合った。

あんなに色々なことを教わったのに。
師匠の眉を寄せた厳しい顔に、また自分が情けなくなってくる。

「…すみません、剣だけでって言われたのに」
「…手を出せ」

手渡された携帯に、泣きたくなった。あきれられて、見放された?

「…よく見ろ」
「え…あ、…指輪?」

携帯の脇に隠れるように、指輪がひとつ。
頭を撫でられて顔を上げると、厳しい顔のまま、師匠が口を開いた。

「皆伝の証だ、能力を高める魔法が込められている。先日集めさせた物は、これの材料だ」
「先日…好きな人ができて、プレゼント…」
「試験の一種だ、各地を巡り目的物を入手する…贈物の入手を他人に頼む者があるか」
「…皆伝の証って」
「試験は合格。あとはお前自身が磨いていく段階だ」

合格?皆伝?
首を傾げると、師匠が薄く苦笑を浮かべた。

「卒業ということだ。これは餞別だ、持っていけ」

師匠が自分の腕の結晶から出したのは、一振りの剣。この間調べてた、細い反身の片刃の剣だ。

「俺の師の故郷の剣だ、通常の長剣より幾分か軽い。鍛錬を怠るなよ」
「あ…ありがとうございます。でも、おれ…師匠の言いつけを」
「拳ではなく、脚を使った。剣で致命傷を与えた。間違ってはいない」
「…ええと」
「武器を失わない戦い方をしろということだ、生きて戻る為に。それが、お前の最大の課題だった。
 分からなくてもいい、方法は体に染み付いている。それから、そのペンギンだが」

どくん、と心臓が鳴った。飼い主が見付かった…のかな。
ふかふかの頭を撫でると、青ペンは気持ち良さそうに目を閉じた。

「ギルド、島の管理側、トレジャーハンターが利用しているホテル…すべてに問い合わせてみたが、
 飼い主は挙がらなかった。それが居れば、無茶もしないだろう。連れて行け」
「この子、飼っていいんですか!?」

師匠の大きな手が、またおれの頭を撫でた。
見上げた師匠の目は、優しい色。

「何かあれば、また来るといい」
「…はい!」

師匠の言葉を忘れずに頑張れば、おれもいつか、師匠みたいになれるかな。



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一次転職的な牛師弟小説でした。
師弟小説とか師弟漫画ってほとんど見かけなくて寂しい…orz