◆師弟2

「ししょー、薪割り終わりましたー」
「水汲み」
「はーいっ」

剣の師…ケイ師匠は、初日こそそれなりに喋ってたけど、実は無口な人だった。

ケガが治らないうちに起きようとしたら、無言で首根っこ掴まれてベッドに押し戻されたし、
治って修行らしきものが始まっても、木刀一本渡して「振れ」の一言。

背後から手の位置を取って、剣の握りや型を直してくれるけど…
何も言われないのは、やっぱりちょっと不安になる。

渋い外見に似合わない、声変わり前みたいな高い声を気にしてるのかな。
初日にどうして裏声で話してるんですかなんて、聞かなくてよかった。

「ぴー」

水を汲むための桶を取りに行くと、桶の横で、青ペンがぱたぱたと短い羽を動かした。

薪割りに付いてきたがったけど、危ないからダメだって言い聞かせたら、付いてこなくなった。
代わりに、薪割りが終わったら来るっていうのを覚えたらしく、桶の横に座って待ってる。

師匠の飼いペンかと思ってたんだけど、師匠に聞いたら首を横に振られた。
人懐っこいし、こんな所に居るのも変だし、迷いペンギンなのかな。それとも捨てペン?
水汲みを終えてから、親鳥を追いかけるみたいに後ろをくっついてくる青ペンの前にしゃがんだ。

「お前、どこから来たの?ご主人様は?」
「ぴ」
「親ペンギンは?はぐれたの?」
「ぴー」

頭を撫でていたおれの手に、青ペンは無邪気にぺたりと張り付いた。
今度大きな街に戻ったら、迷いペンの捜索願い出てないか見てみようか。

「ファル」
「あ、はい!」

師匠の声。薪割りと水汲みの後は、剣の練習の時間。
青ペンも付いて出てくるのは変わらないけど、最近はドアの横に座って、おとなしく見てるようになった。

「使ってみろ」

手渡された剣は刃が潰してあるけれど、それでも腕に響く重みに、ちょっと不安になる。
両手で構えると、師匠がかすかに眉を寄せた。

「…片手剣だ」
「へ?片手…あ、あはは…すみません」

背負った大きな剣を、師匠は鞘に収めたまま無造作にベルトから引き抜いた。
打ち込んで来い、っていう合図。

三合目、かすかな動きで攻撃を受け流したその鞘先で、師匠はあっさりとおれの剣を叩き落とした。
剣を握っていた右手は、たった三撃で痺れを訴えてる。

「これも、試してみろ」

それまで自分で持っていた大きな剣を、師匠は片手で差し出した。
軽々と扱う動作に騙されて、気軽に受け取った腕が、刃の重みに一気に引っ張られた。
師匠の愛剣!っていう意識が作動して、辛うじて地面には付けずに済んだけど、
持ってるだけで精一杯だ。

「…無理か」
「…無理です…」

まだまだだって自覚はもちろんあったけど、ホントに情けなくなってきた…。

「…当面は、これを使え」

言われて渡されたのは、よく見かける長剣。刃は潰してない。
師匠の大剣ほどじゃないけど、それでも剣を振ってるって言うよりは、振り回されてる感じがする。

「気負うな」

短く言って、師匠は自分の剣を抜いた。地を蹴って、一回転しながら剣を振り下ろす。
剣の重みと己の体重を利用するその型は、大剣を軽々と扱う師匠には似つかわない。

「得手不得手がある」

また短く言って、大きな手でおれの頭をぽんぽんと軽く撫でて、師匠は背を向けた。

「…あ、外出ですか?」
「六ツ半には戻る」

気負うな。気負う…力を抜け、ってことかな。
得手不得手。師匠と同じようには戦えなくても、何とかなるってこと?
むつはん…は何だろう、時間だろうけど…6時?

とりあえず、日が落ちるまで頑張ろう。



それから毎日、師匠はおれの練習を少し見てから、どこかへ出掛けるようになった。

日が暮れてからこの辺りを歩くなんて、おれがやったら実力不足で無謀この上ないけど、
師匠の腕ならどうということもないんだろうな。

今日もいつものように師匠は出掛けて、おれは青ペンが見守る中、剣の練習。
握り慣れた長剣は、自在とまでは言い切れないにしろ、だいぶ扱えるようになってきた…と思う。

けど、師匠が見せてくれた自分の体重を剣に乗せて敵を切るあの技は、まだ隙が大きすぎる。
仕留められなかったときに距離を置く方法。かわされたときの対処法。

「ぴ、ぴー!」

青ペンの鳴き声に、思考が引き戻された。気配。とっさに飛び退く。
ここに来る道にいた魔物―鈍くて大きい方、振り下ろした岩の腕が起こした風圧が、頬を撫でた。

ここまで魔物が入り込んでくるのは稀で、だけど全くないことじゃないって師匠は言ってた。
家に逃げ込んでも、これが追ってこないとは限らない。

距離を置いて、剣を握り直す。
刃が食い込んで動かなくなったら、対抗する術が無くなる。一太刀で仕留める自信はない。
軽く踏み込んで、攻撃態勢に入ったところを回りこんで、脇に浅く一撃―切れる。

振り下ろされる腕をかわして、細く息を吐いた。
踏み込んで、さっきと同じ場所に一撃。距離を置いて、踏み込んで、もう一撃。

何度それを繰り返したか判らなくなった頃、ようやく魔物はゆっくりと倒れた。
その姿がさらさらと空気に掻き消えて、後には、存在の証明のような茶色い小石がひとつ。
息を吐き出すと、急に疲労感が襲ってきた。

初めて実戦を経験した後も、こんなだったっけ。何だか変な感じ…。

ぺたぺたと駆け寄ってきた青ペンを撫でようとして、剣を握ったまま固まってる手に気付いた。
意識して、少しずつ指を剥がす。同時に、掌に痛み。

「うあー、ズル剥け…どうしよう」
「ぴ…ぴー!ぴー!」

柄に擦れて血が滲んだおれの掌を覗き込んだ青ペンが、羽をぱたぱたさせて鳴き始めた。
心配…してくれてるのかな。

とにかく洗って、消毒…あと剣の手入れもしておかないと。それから、ゴハンの用意も。
治るまで練習禁止!とか言われそうだから、師匠には黙っておいてもいいかな…。



…でも結局その後、調理鍋を派手に取り落として、ケガがバレて、治るまで練習禁止の刑を喰らった。


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