◆牛羊小説/真紅(羊・牛・兎)

豊かな色彩の溢れるこの島で、それでも私の目は、彼の色に惹かれました。
燃えるような赤。夕日じゃない、炎でもない…そう、"真紅"。

その真紅の髪はトゲトゲに立っていて、怖いヒトなのかも、と思いながら…それでも目が離れません。

「ねね、イプ、さっきの人の話、聞いてた?あたし、途中で寝ちゃったんだよー」
「あ、はい。トレジャーハンターとして滞在する間は、居住地としてホテルを無料提供してくださるそうですのー」

この島に来る時に、船の中で知り合ったウサギ耳の女の子―ラヴィさんが、まだ眠そうな目を擦りながら、
恥ずかしそうに笑いました。

夢の為に振り絞った勇気は、心細い船旅の中、どんどん萎んでいきました。
ラヴィさんと出会うのがもう少し遅かったら、私はきっと、泣き出していたでしょう。

「えへへ、イプは頼りになるなー。ね、近くの部屋だといいね!あ、相部屋だったら同じ部屋にして貰おうよ!」

ラヴィさんの真っ直ぐな目が、私にはとても羨ましく思います。
きっとラヴィさんなら、あの真紅の人とも、普通に話せるんだろうな。



それからの三日間は、島におけるルールや注意点の説明、ホテルの同じフロアに住む人同士の顔合わせ、
そして宛がわれた部屋での荷解きに費やされました。

お気に入りのヒヨコ型の時計、リボンやちょっとしたアクセサリの入った小箱、数冊の本とブックエンド。
クローゼットに持ってきた服をかけると、ほんの少し、私らしい部屋になった気がします。

これからここに、何が増えるんでしょう。
窓から見える外は、青空と、眩しい日の光。


景色に釣られるように、私の足は自然と外に向かいました。

綺麗に整えられた花壇には色とりどりの花、足元には柔らかな芝生。
優しい風は、少しだけ海の匂いがします。

遠くに、きらきらと光る海と、白金の砂浜…自由行動が始まったら、まずはあそこに行ってみたいな。

「…きゃ!?」
「うわっ」

遠くばかり見ていたから、私は足元に転がるそれに、全く気付きませんでした。
つまづいて、あっと思う間さえなく、その上に倒れこみました。

目を開くと、この島に着いて、何よりも私の中に焼き付いた、あの色。
とても綺麗…。

「あの…大丈夫?」
「…えっ!?」

やんわりと私の肩を支えている手と、遠慮がちな声、そしてあの真紅。

慌てて起き上がった私の下で、あの人が、人の良さそうな顔に不安そうな、あるいは困ったような表情を
浮かべていました。

「…あっ、ごめんなさい!私…」
「や、こんな所で転がってたおれが悪いんだし…ごめんなさい。大丈夫?ケガは?」
「いえ、大丈夫です…本当にごめんなさいっ」

鮮やかな芝生の上に、真紅と、私の桜色の髪。

私に押し倒されたような体勢のまま、安心したように、彼は人懐こそうな笑みを浮かべました。
髪と同じ真紅の瞳は穏やかで、不思議と安心感が胸に広がって、私の顔にも自然に微笑みが浮かびました。

「あの…私、イプっていいます」
「あ、ファルです、よろしくー。ホテル、同じフロア…だったよね?その髪の色、見かけた気がする」

その言葉に、ずきん、と胸が痛みました。
色々な人に奇異な目で見られるこの髪が、私はあまり好きではないから。

「…変…ですよね、ごめんなさい…」
「え?綺麗だと思うけど…桜みたいで」

「あ…ありがとう…」

ぽうっと頬が熱くなるのを感じて、私は慌てて両手で頬を包みました。
何度も泣いて、何度も染めようと思った髪の色が、今はとても誇らしく…そして嬉しく思えました。

ふいにパシャッという、カメラのシャッター音。
驚いて横を見ると、ラヴィさんが楽しそうに笑っていました。

「えへへ、ネツアイハッカクゲンバ、激写しちゃったー!」
「…えっ!?ら、ラヴィさんっ!?」

「後で二人に焼き増ししてあげるね!じゃ、また後でねー!」

カメラを片手に、ラヴィさんはあっという間に走っていってしまいました。

…迷惑、されたかな…。
不安な気持ちでファルさんに目を戻したら、ファルさんは変わらず穏やかな笑顔で、私も笑ってしまいました。

並んで座って、少しだけお話をして…その日はのんびりと幕を下ろしました。
不安は大きいけれど、きっと何とかやっていける…そんな気がしました。



ホテルの私の部屋に、一番最初に追加されたもの。
それは、桜貝で飾られた、可愛い写真立てでした。

終。


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敬語での一人称文は、ちょいと鬱陶しいですね…。
「牛ってバンダナ標準装備でしょ?」というツッコミはしないでやってくださいorz