◆牛羊小説/四葉-前編(猫・羊・牛・狸)

カラフルなマニキュアの小瓶を、ひとつひとつケースにしまう。
整頓されてないと落ち着かない、なんて性癖はないけれど、
メイク道具やアクセサリだけは、いつもきちんと整理するようにしている。

夕食後の自室でのひと時、いつものネコ耳と尻尾は外して、服装も楽なものに着替えた。
これからどうしようかな、と思った矢先、控え目にドアを叩く音が聞こえて…今に至る。

「…他人との距離を縮める方法?」

羊角と尻尾を外したイプが、床のクッションの上にぺたりと座って、神妙な顔で短く頷いた。

「ですの…キャーさんなら、その…殿方と接する機会も多いと思って…」
「と、殿方って…。ええと、イプ、好きな人がいるの?」
「そ、そんなんじゃありませんの!た、ただ、気になるだけですの!」
「ふーん…で、誰が気になるの?」
「そ、そんなんじゃありませんの!ただ―」

頬を紅く染めてイプは否定するけれど、イプの態度はあからさま。
人の変化に目敏い私じゃなくても、すでに何人かは気付いているんじゃないかしら。

バンダナの長い尾と牛尻尾を風になびかせて、いつも穏やかに笑うファル。
イプは彼を、よく遠くから見ている―切なそうな、けれどどこか幸せそうな瞳で。

「分かったわ、誰なのかは聞かないから。でもね、その人の特長とか習性も視野に入れなきゃ。
 端的な説明でいいんだけど…どんな人なの?」

「ま、まだ…よく知りませんの…。でも、瞳が優しくて…素敵でしたの…」

うっとりと両頬を手で包んで、イプは思い出すように遠い目をした。

「で、他には?外見的特長とか、性格とか、交友関係とか」

ここにラク先生でも居れば、あからさまに対象を確定しようとしているだろう、なんて言うんだろうけど。
まだ遠い目をしているイプは、薄く頬を染めて素直に話し始めた。

「いつも隠しているけれど、髪が瞳と同じように紅くて、すごく綺麗でしたの…。
 性格は穏やかで大らかで…目が合うと、優しく微笑みかけてくださるんですの。
 私、殿方は苦手だったのに、あの人だけは大丈夫な気がしましたの。これが運命…?」

ナントカは盲目、っていうのかしら…イプはすっかり自分の世界にフェードアウト。
ラヴィといいイプといい、見ていて飽きない子が沢山居るのって、ホント面白い。

「それで、親しい友達とかは?」
「色々な方と仲良しさんみたいですけれど…
 強いて言えば、ライオさんと一緒にいるのをよく見かけますの」

「ああ…だいたい分かったわ、ありがと。で、仲良くなりたいの?」
「ですの…。なかなか機会もなくて」

悲しそうにうつむいたイプの指先が、ふわふわのスカートの飾りリボンを弄り始める。
イプは普段、私やラヴィやフォウ先生と行動を共にすることが多い。

私の記憶が正しければ、イプが他のメンバー…いわゆる彼女の言うところの"殿方"と二人で
行動しているところは、過去に一度も見ていないし、聞いたこともない。

「イプ、もしかして…男が苦手?」
「そんなつもりは…ないんですけれど…」

だんだんと声のボリュームが絞られていく。免疫がない、って感じかしら。

「手っ取り早く、どこかに誘ってみたら?ダンジョン探索の護衛とか。
 ファルなら他に予定がない限りは、あっさり引き受けてくれるだろうし」

思いっきり個人名を出されていることに気付かないのか、イプは深い溜め息を吐いた。

「…それが出来ていたら、悩みませんの…。それに…ふ、二人きり、なんて…」

再び頬を染めて手で顔を覆う仕草は、同性の私から見ても愛らしい。
ラク先生に「可愛い」って言われて、真っ赤になってラヴィの後ろに隠れたあたりも、
外見そのままの行動で微笑ましかったっけ。

少々夢見がちすぎるきらいはあるけれど、彼女を嫌う男は多くはないと思うんだけど…
如何せん、本人に自信が足りないのよね…。

「うーん…イプ、明日の予定は?」
「明日…ですか?遺跡のほうに行こうと思いますの。
 遺跡の近くで四つ葉のクローバーを見付けたって、フォウ先生がおっしゃっていたので…
 押し葉にして栞を作ったら、きっと可愛いですのー」

「気をつけてね?あの辺り、何もしなくても襲ってくる魔物がいるから」
「ええ、お気遣いありがとうございます。沢山見付けたら、キャーさんにもお裾分けしますのー」

柔らかな笑顔を浮かべ、この本に挟んで押し葉しますの、なんて、嬉しそうにイプが笑った。
うん、使えるかもしれない。



一夜明け、当日。

イプの出発を確認してから、青ペンギンと一緒にのんびり歩いているファルを捕獲。
運良く、傍にはライオもラク先生もいない。
内心でガッツポーズをして、けれど表情は少し曇らせて、指を組んで首を傾げた。

「ファル、ちょっといい?ていうか、今日ヒマ?」
「んあ?うん、予定はないけど」

「あのね、今朝イプが遺跡のほうに向かったの、四つ葉のクローバーを探すとかって。
 だけどホラ、あの子ちょっと注意力散漫でしょ?クローバー探しに夢中になって、
 敵に不意打ち喰らったりしてないかなって心配なのよ」

「んー…様子見てこようか?」
「お願いしていい?ホントは私が行ければいいんだけど、約束があるの…」
「うん、いいよー。じゃ、行ってきまーす」

持ち前の演技力を駆使して、あっさりとファルにイプの後を追わせる事に成功。
普通にお願いしても、ファルならほいほい行ってくれそうだけど…気にしない事にするわ。

様子見とは言っていたけれど、あの子の性格なら、多分イプのクローバー探しにも付き合う。
どれくらい見付かるものなのか知らないけど、少しは仲良くなれるハズ。

私も様子を見に行きたいけど、ああ言った手前、万が一目撃された時の為にお供が必要ね。
口止めが利かないという点で、ラヴィとライオは除外。真っ直ぐ走っていって二人に声かけそうだし。

「キャー、何一人で百面相してるんだ?演技の練習か?」
「あらラク先生、いいところに」
「…先生テストの準備で忙しいから、それじゃ」

ふかふかの尻尾を捕まえて、先生の腕に腕を絡ませてみる。
さすがに耐性があるのか、ラク先生はあからさまに迷惑そうな顔をした。失礼極まりないわね。

「せーんせ、私とデートしない?」
「折角だけど、生徒には手を出さないって決めてるから…ごめんね」
「ふーん。か弱い生徒が一人で出かけてケガしても、先生は構わないってコト」
「分かった、分かりました、どこへでもお供させてくださいお嬢様」

降参するみたいに両手を挙げて、ラク先生が苦笑した。
何だかんだ言っても、ラク先生は生徒に…というか、周囲の人間に甘い。

そもそも先生は、学校を飛び出した私やラヴィを追ってこの島に来たハズ。
なのに、無理に連れ戻そうとはせずに、付かず離れずで見守っていてくれている。
…クビになったりしないのかしら。新任で信用だってまだ薄いだろうに…。

「で、お嬢様。どこにお供すればよろしいんで?」
「あ、ああ。遺跡のほうにお願いね、セバスチャン」
「かしこまりました…って、遺跡?お前さんが?何かあるのか?」

意外だと言っているラク先生の顔に、ちょっとムッとする。
たしかに私は歴史に興味ないし、この島特有の文化がどうとかいう遺跡も、ロクに見てないけど。

「イプとファルを見守りに行くの。見付かっちゃダメよ?声掛けるのは論外」
「ファルが付いてるんなら、何も見守らなくても」
「じゃあ、言葉を変えるわ。様子を見に行きたいの、こっそり気付かれないように」
「何でお供が必要なんですか」
「そこには深い事情が…ああもう、いいから出発!」
「はいはい、どこまでもお供させていただきます、お嬢様」


←前の話 続く→

戻る