◆獅子猫小説/ねこ(猫・獅子)

まるで、親猫の後を追いかける子猫。
ううん、ちょっとイメージが違うかな。構って欲しくて、ちょっと距離を置いて付いてくる子犬…とか。

不意打ちで振り返ると、子犬は大袈裟にびくっと飛び上がった。

「ライオ。何か用なの?」
「あ…いや、用ってワケじゃないんだけど」
「用が無いなら、付いてくる必要ないでしょ?」
「で、でもホラ、キャーひとりじゃ危険が危ないし!」

危険と危ない被ってる。

「み、道に迷ったら大変だし、強い魔物が出たらひとりじゃ大変だし、やっぱひとりじゃ危ないっていうか」

両手をわたわたと振りながら、ライオは『付いてくる理由』を並べてる。
いつも危険な行動に出てるのは、明らかに私より彼だと思うんだけど。

「ふーん…ライオは、私が自分の実力も測れずに無茶すると思ってるんだ?」
「そ、そういうワケじゃ!」
「なら、あなたが付いてこなきゃいけない理由は無いわよね。私は一人で平気だから、じゃあね」

にっこり笑って突き放して、再び歩き出した。
だけど、相変わらず足音は一定の距離を保ったまま付いてくる。

今日はひとりになりたい気分だったから、ラヴィの誘いもイプのお茶も断ったのに。

そういう感情があるんだかすら怪しいファルに、常に無表情なリュウ、それから担任教師のラク先生。
トレジャーハンターに貸し与えられたホテルで、同じフロアに住む私たち8人が初めて顔を会わせたあの日、
ある意味新鮮なくらいに私の容姿に無反応な男どもの中、ライオだけが真っ赤になってた。

他のフロアの住人に"変わり者密集地帯"なんて呼ばれてる私たちは、変わり者同士すぐに仲良くなった。
一緒に探索して、一緒に食事して、時々キャンプして、助け合って。

もう一度振り返ると、やっぱりライオはびくりと体を揺らした。

「あのね。今日はひとりになりたい気分なの、分かる?」
「で、でも」
「危ない場所には行かないし、散歩してるだけよ。だから、ライオも自由行動。はい、解散」

ライオとも一緒に行動することがあるけど、事あるごとに気を遣ってくれて、笑いかければ顔を紅くする。
探索中に見つけたっていう花を貰ったこともあるし、手作りのアクセも幾つか貰ってる。
お礼にあげたライオンのぬいぐるみは、ライオの部屋のクッションの上に堂々と鎮座してる。

ライオはどうやら、私に憧れているらしい。
というか、本人に相談されたラヴィが、ポロッと私に洩らしたんだけど。

「…ライオくーん?」
「あ、や、空気空気。今日の俺は空気だから!だから気にしない方向で!」
「空気がしゃべるワケ?」

溜め息混じりに言ってみたら、ライオは慌てて両手で口を押さえた。

そのうち飽きるなり諦めるなりするだろうし、少しだけガマンしよう。
イラつきを溜め息で誤魔化して、私は再び歩き出した。

お気に入りのお店を幾つか覗いて、露店で甘い香りを振り撒くクレープを買って、ベンチで一休み。
カロリーはちょっと気になるけど、疲れた時とイラついてる時には甘い物、って言うし。

食べ終わったクレープの包み紙をくずかごに放り投げて、またゆっくり歩き出した。
チェックしたかったお店は全部回ったし、あと他に行く所は…。
あ、イプのお茶を断っちゃったお詫びを兼ねて、お土産にお茶菓子でも買って行こうかな。
イプはお菓子作り得意だから、どうせなら手作りし難いお菓子のほうがいいわよね。
あまり詳しくないけど、ミルフィーユとかバウムクーヘンなんかは、なんとなく手間かかりそうかな。
ミルフィーユは綺麗に食べるのが難しいから、やっぱりここはバウムクーヘンね。



前にラヴィとお茶した洋菓子店で、予定通りバウムクーヘンを購入した。
お店を出て、ふと見上げた空は、いつの間にか曇ってる。

そういえば、ずっと付いてきた子犬はどうしたっけ。

「…飽きて帰った、かな」

お店の前はちょっとした広場になってるけど、ライオの姿は見当たらない。

広場の時計を見れば、出掛けてからすでに5時間。
まぁ、無理もないわね。

バウムクーヘンの箱を持ち直して、帰り道を歩き始めた。
ずっと付いてきた足音が、今は聞こえない。

一人になりたかったし、むしろ清々してる。
寂しいワケないじゃない。

町を抜けて、森を抜けて。
この島における、私たちの住居が遠目に見えてくる。

頬にぽつりと冷たさを感じて、曇った空を見上げた。

そういえば、天気予報忘れてた。
本日の午後の降水確率、60%。
だいたいそんな中途半端な数値が悪いのよ、降るなら降るってハッキリしてくれればいいのに。

また、ぽつり。

いつもより早い、自分の足音。
イジワル半分の急ぎ足に、ぱたぱたと慌てて付いてきた足音が、勝手に脳内で再生される。

だから、寂しくなんかないってば。
ただ、ライオがあんまりしつこく付いてきたから、ちょっとインプットされちゃっただけで。

ぽつり、ぽつり。

急ぎ足じゃ間に合わない、走らないとダメかな。
でも、せっかくのふわふわバウムクーヘンが崩れちゃうかも。

ホテルへ続く道、小さな丘の頂上に、ふいに柔らかい金色が見えた。

「あ!よかった、間に合ったー!」

息を切らしながら、それでもにこにこ笑う子犬の手には、一本の傘。

「なんか曇って来たからさ、傘取ってきたんだ。はい!」
「…空気がしゃべってる」
「あ」
「傘はいいけど、一本だけ?自分の分は?」
「あ…」
「ドジ」
「あぅ…」

ライオンの耳と尻尾が本物なら、きっと思いっきり垂れ下がってる。

受け取った傘を開いて、がっくりと肩を落とすライオに押し付けた。

「私、バウムクーヘンを死守しなきゃならないの。だからライオは傘係、ね。報酬はお茶会の一席」

ライオの笑顔と一緒に、ライオンの耳と尻尾が、元気にピンとするのが見えた気がした。



別に寂しかったワケじゃないけど、並ぶ足音は、けっこう悪くないかもしれない。
私は気まぐれだから、この気持ちも一時の気まぐれかもしれないけど…ね。

終。


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書き始め11月、完成2月。うわぉ。

ピンチに颯爽と登場!を、ヒーローじゃなく普通っ子にしたくて、長らく詰まってました。
普通っ子になってますか?

08.02.