◆牛羊小説/祈り(羊・牛・狸)

軽い衝撃は、力強い腕が私の背を押したから。

振り下ろされた魔物の腕、風圧が私の髪を巻き上げて。

鈍い音と、空気を切り裂く音。
崖下に吸い込まれるように消える姿と、剣が突き刺さって消滅する魔物が、同時に目に飛び込んで。

ガラン、と無機質な音を立てて地面に落ちた剣もそのままに、私は慌てて崖下を覗き込みました。

私を庇わなければ、魔物の攻撃なんてきっと簡単に避けられた。
私がいたせいで、自分の体勢を整えようともせずに、魔物を倒す為に剣を投げた。
私がもっとしっかりしていれば、彼は崖から落ちたりしなかった。

「ふ、ファルさんっ…」

鮮やかな赤を探して必死で目を凝らすけれど…見えるのは木々の緑ばかり。

「ファルさん、ファルさんっ…大丈夫ですか!?」
「痛たた…だ、大丈夫、生きてまーす…」

帰ってきた声にちょっとだけ安心して、でもその弱々しさに不安になって、私は慌てて周囲を見回しました。
けれど、崖下に下りられるような道は見当たりません。
崖はとても緩やかとは言い難い角度で、地面は木々と茂みに遮られて、少しも見えません。

「イプー、携帯余ってない?」
「え?」
「足挫いたみたいで、ちょっと動けないんだけど…持ってた携帯、さっき人にあげちゃって」
「え、えと…ご、ごめんなさい…持ってないですの…」

腕の結晶を操作してアイテム欄を見ても、ちょっとした荷物を入れてるポシェットを探しても、携帯は見当たりません。
ラク先生にも、いつも幾つかは持ち歩くようにって注意されたのに…。

「あー、おれも余分に持ってなかったのが悪いし、気にしないでー。何とかなるよ、大丈夫」

いつもと変わらない穏やかな声に、涙が溢れてきました。
私のせいでこんなことになったのに、何も出来ない。
せめてファルさんの傍に行けたなら、すぐに魔法で治せるのに。

誰かを呼ぼうと結晶を弄って友達登録を見ても、近くには誰もいません。

「ファルさん、私、下りられる場所探してみます」
「ふぇ?あ、や、何とかするから大丈夫。この先の町に行こうとしてたんだよね、行っていいよー」
「イヤですの、そんなのダメです…待っててください!」

ファルさんの剣を拾って、結晶にしまいました。
歩いてきた道には、下に向かうような道は無かったハズ…あるとしたら、この先。

私は攻撃系の魔法が苦手で、やっと使えるようになった幾つかの攻撃魔法も、成功率は軒並み20%程度。
それでも今日、ひとりでここまで…この先の町まで向かったのは、いつまでも皆さんに迷惑をかけたくなかったから。
それなのに、通りかかっただけのファルさんを巻き込んで、ケガまでさせてしまった。

溢れてくる涙を拭って、注意深く崖下に繋がる道を探しながら進むけれど、見付かりません。
そのうちに、目指していた町の入り口が見えてきました。

町の中から崖下に行ける道がないかを調べて、もし無かったら誰かに連絡して、地図を調べて貰って…
あ、それより、携帯をこの町で購入できれば。

「…きゃ!?」
「わ、っと…あらら、イプか。大丈夫?」

町へと入るワープポータルを潜った途端、誰かにぶつかってしまいました。
掴まれた腕に慌てかけて、けれど聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには見慣れた顔。

「ら、ラク先生」
「お前さん、ひとりでここまで来たのか?出世したなぁ」
「先生、ファルさんが」
「ああ、その辺でのんびり森林浴してるってな」
「そ、そうじゃなくて、ファルさんが落ちて、崖で、道が無くて」
「いやいや、ちょっと落ち着きなさい、ね。はい深呼吸ー」
「それどころじゃないですの、ファルさんがっ…」

ぼけぼけな空気でにこにこ笑ってるラク先生に、情けないけどまた涙が出てきました。
泣いている場合じゃないのに…ちゃんと説明して、助けて貰わなきゃいけないのに。

「ああもう、ほら、泣かないの。キミみたいな可愛い子を泣かせたと思われたら、先生タイホされちゃうよ」
「それどころじゃないですの!もういいですの、ひとりで行きますのー!」

ショップを探して、携帯を買って、ファルさんの所まで戻って、携帯を渡せば…きっとなんとかなります。

「ちょっと待った、イプさん、ファル拾いに行くんでしょ?先生も一緒に行くよ」
「そ、それどころじゃ…え?」
「いやね、フォウ先生の遺跡発掘に付き合ってたんだけど、奥のほうの魔物はオレたちの手に余ってさ。
 リュウは自室に引き篭もり中で、ラヴィとキャーは海方面に外出中、ライオは師匠と訓練中で捕まらなくて。
 で、ファルに連絡したら、ドジ踏んでひとり崖下り大会催して、足挫いたって…」
「ファルさんのせいじゃありませんの、私が…」

ラク先生の大きな手が、ぽふんと私の頭に乗って、子供にするみたいにぽんぽんと撫でました。

「うん。村の奥から崖下方面に行けるらしいけど、けっこう敵さん強いんですって。キミひとりじゃ危ないから、ね」
「あ、危ないって、ファルさん今」
「…あ、動けないんだっけ、あはは。いっそ強制送還されてくるの待ちますか?」
「笑い事じゃないですの、先生のばかー!」

ラク先生は基本的にはいい先生だと思うけれど、冗談が過ぎるのが最大の欠点だってキャーさんが言ってました。
今は全力かつ全面的にそれを肯定したい気分です。

無視して走りかけた矢先。

「おーい、イプさん。そっち行き止まり、正解はこっち。じゃあ、いい加減行きますかー」

私が向かいかけた道の反対を指して、先生はいつものようにどこからか教鞭を取り出しました。
教鞭が武器なんて、色んな意味でどうかと思うのですが…なんだかツッコんではいけない気がします。

散歩のような速度で歩く先生の背中を押すうちに、奥へと進むワープポータルが見えてきました。
前にも一度だけ来た事のある村だけど、この先に行くのは初めてです。

「さてと…崖沿いに進めばいいのかな」

ワープを潜った先は、どこまでも続く木々と、左手には切り立った岩盤。
茂みに隠れるくらいに小さいのか、ちょうどこの辺りにはいないのか、とりあえず魔物は見当たりません。

「時にイプ、ファルとはパーティーは組んでなかったのか?」
「あ、いえ…組んでませんでしたの…」
「組んどこうね、位置も表示されるだろうし。…もしもし、ファルくん?募集出しといたから、パーティー入って」

結晶から飛び出したパーティー申請を受理すると、感覚が繋がるような感じが溢れてきました。
簡易マップにはファルさんの位置は捉えられていないけれど、同じ区域に居る感じがします。

「イプ、先生から離れないようにね。ファルはまだ大丈夫そうか?」
『うん、敵も見当たらないし。イプも先生も、迷惑かけちゃってごめんね』

通信越しの声は相変わらず穏やかで、それどころじゃないのに、やっぱりほっとします。
壁伝いに進むうちに、マップの端にファルさんの位置が表示されました。

「お、入ったな。ファルくーん、もうすぐ着くから、いい子にして待っててねー」
『いい子にしてたら、お菓子くれるー?』

冗談を言い合う二人の会話を聞きながら、ポシェットのマナポーションを確認しました。
ファルさんの元に向かう事ばかり考えていて、アイテムの残量を確かめなかったけれど、なんとかなりそう。

「あ…そういえば、ラク先生。フォウ先生は?ご一緒だったんじゃ…」
「ああ、うん。ファルがああだし、他の連中は捕まらなかったから、補給ついでに出直すってさ」
『うあー、ごめん。後でフォウ先生にも謝らなきゃ』
「いやいや、無計画だったのはオレたちだし、気にしなさんな。後日護衛頼まれてくれれば充分ですよ。
 そうだ、イプさんもご一緒しません?袖振り合うも他生の縁、ってね」
『…そでふ?しょうのえん?』
「…お前はイプの半分でいいから本読みなさい」

遺跡は暗いし、足音や魔物の鳴き声が響いて怖いけれど…行ってみてもいいかな…。

『うわ、敵来ちゃった』
「お、ホントだ」

ようやく視界に入ったファルさんは、岩壁に寄りかかって立っていました。
数十メートル先に、中型の魔物。ファルさんのほうにゆっくりと向かっています。

「イプ、ファルの回復よろしく。先生、頑張って足止めしとくから」

魔法の盾を作り出して、ジャケットの内ポケットからカードを取り出して、先生が笑いました。
他に魔物は見当たらないのを確認して、ファルさんの元へ。

回復魔法の詠唱を始めると、いつもと同じ淡い光が翳した手から溢れたから、ちょっと安心です。
今の私は、ほとんどこれだけが取り柄だから…失敗したり使えなくなったら、どうしていいのか判らないから。

光がゆっくりと消えて、ファルさんが確かめるように右足を動かしました。

「もう大丈夫みたい。助けに来させちゃってごめんね、ありがとう」
「い、いえ…私のせいで、ごめんなさいですの…」
「ううん、ケガしなかった?」
「はい、ファルさんのお陰で大丈夫でした、ありがとうですのー」

安心と不思議な嬉しさで胸が温かくて、にこにこしてるファルさんに釣られるように笑みが浮かびます。
本当に無事でよかった…。

「おーい、お二人さん。いい雰囲気のトコロを申し訳ないんですけど、コレなんとかしてくれません?」

魔物の攻撃を受け流しながら、恨みがましい目で先生が睨んでます。
先生のこと、忘れてました…。

「あ…ファルさん、剣持ってきました、お返ししますのー」
「うあ、ありがとう。思いっきり忘れてた、剣士失格だ…。イプはしっかりしてるね」
「でも、携帯はいつも忘れますの…」
「あー。なんか忘れ易いよね、携帯って。おれも気をつけなきゃ」
「ですの…私も気をつけますのー」
「…お前ら、わざとか?先生の火力の無さ知ってるだろ、ホントに泣くぞ?」

あ、また忘れてましたの…。
ファルさんが笑って、先生の手助けに向かいました。



助けられるばかりじゃなくて、助けられるようになりたい。
護られるだけじゃなくて、大切な人を、私も護りたい。
その為に、私は私なりに、少しずつでも出来る事を頑張っていこう…心から。

終。


←前の話 次の話→

戻る

幾つか小説を読んでくださってる方はお気付きでしょうが、書き出しとオチが苦手です。←致命的
久々の牛羊小説なのに、相変わらずタルい話ですみませんorz