◆龍牛/maze-3 

開いた魔道書は、少しもページが進まない。
だが、文字にでも目を滑らせていなければ、余計な事を考えてしまう。

今までと同じように腕を捕まえて、理詰めで説得すれば―。

己の諦めの悪さを思い知った。失望するのは、もう何度目か。

せめてもう一度、話をしたい。
考えを伝えて、聞いて、その上で離れる道を選ぶなら、諦めも付く。

…かもしれない。

魔道書を閉じる音に、ベッドの上の青ペンギン―アオが顔を上げた。

読めるはずもないのに、俺の真似をしてアオが魔道書を眺めるようになったのは、いつだったか。
同じような表情をしていると言って、ファルが笑ったのは。

アオの頭を撫でて、立ち上がる。
物事を曖昧にしたまま放っておくのは、生来性に合わない。

鍵を開けてドアを引いた、その目の前に。

「…ファル」

ドアを叩きかけた姿勢のまま、ファルが硬直していた。

「び、びっくりした…」

胸に抱いている小さな箱は、つい先刻、俺が押し付けた物だろう。
突っ返しに来たのか。

「…あの…リュウ…その」

困ったように眉を寄せて、ファルは所在無げに視線を泳がせた。
紅い髪は濡れたままで、頬や首に張り付いている。

原因はどうあれ、先日の呪いで体力が落ちたのは確かだ。
まだ本調子じゃなかったとしたら、それだけでも風邪を引く原因になるかもしれない。

「あの…お礼―うわっ!?わ、わ、ちょっ」

ファルの首根っこを掴んで、自室に引きずりこんだ。
かすかに抵抗する体をベッドのほうに押しやって、キャーに貰ったドライヤーを引っ張り出す。

「座れ」
「え…あ、あの…ぶっ」

何かを言いかけた顔に、ドライヤーのスイッチを入れた。

いらない、返す、なんて言葉は聞きたくない。
別れを告げられたところで、あっさり手放す気になど、なれるハズがない。
傍に居て、言葉を交わして、触れ合って…これほどまでに、心地良いと思えるひと。

少しクセのある髪を、わざと時間をかけて乾かしていく。
ベッドの隅で魔道書に向かっているアオを気にしながら、とりあえずファルは、されるがままでいる。

「読めてる…のかな、アオ」
「知らん」
「あ…そうだよね、ごめん…」

ぽそりと零した言葉を、思わず普段のノリで一刀両断して、我に返ったときには…もう遅い。
謝る。冗談で流す。話題を変える。誤魔化す。
脳内に並んだ選択肢は少なくないのに、肝心な言葉が浮かばない。

「あの…もう乾いたみたい、ありがとう」

困ったように見上げるファルに、仕方なくドライヤーのスイッチを切った。

静寂に包まれた部屋、ファルの存在。
どちらとも心地良いハズなのに、今はひどく落ち着かない。

「ええと…お礼を言いに来たんだけど…その、ありがとう、これ」
「…ああ」
「ごめん。色々迷惑かけちゃって」
「お前に非はないと言っただろう」

思わず出た強い物言いに、ファルの肩がかすかに揺れた。
不本意だが、ラクの話術を心底羨んだ。

視線を落としていたファルの顔が、ふいに上がった。

「おれ、まだリュウの傍に居たい」
「好きにしろ」

反射的に即答してから、問答が脳内にエコーした。

何だ、今のは。
傍に居たい?

ファルもきょとんとした顔で、こちらを見ている。

「…へ?」
「だから、好きにしろと言…いや」

それでは、足りない。分かっている。
不安げに見上げるファルの頬を、そっと撫でた。

「俺の傍に居ろ」

返答は、唇を重ねて封じた。
たった数日置いただけだというのに、その感触は、あまりにも懐かしい。

「…っ、リュウ」

頬を染めてうろたえるファルの手の中の箱を開けて、チョーカーを取り出した。
向き合ったまま、手探りでファルの首に着ける。

迷うように泳いでいた手が、俺の服の袖を緩く掴み、次にゆっくりと背中に回った。
顔を埋めた首筋も、抱き締め返した体も、変わらずに温かい。

共にある空間の、このまどろむような心地良さ。
変わらない。

きっと、これからも。


←前へ 次の話→

戻る

険悪&激甘を目指したのに中途半端に…orz
そしてそろそろネタも尽きてまいりましたアハン。
こんな龍牛が見たい!なんてあったら、お気軽にご連絡ください(´∀`;

2007.11.