◆龍牛/maze-2
銀のチョーカーの入った箱を、指先で弄ぶ。
ファルが倒れてから5日、ファルは体調を取り戻したようだが、直接確認はしていない。
腕の結晶の通信機能を介して連絡を入れようとしたが、通信拒否になっているのか、全く通じない。
たまたま顔を合わせても、ぎこちない笑みを浮かべて、多忙を理由にすぐに去っていく。
―明らかに避けられている。
他人に対して無防備すぎるくらいに無防備だったが、さすがに懲りたのだろう。
離れるのが最善策だった。
告げる手間が省けた。
チョーカーは無駄になってしまったけれど、ただそれだけだ。
頭ではそう割り切れているのに、心だけが重く沈み、苦しいほどに気が滅入っている。
指先から逃れた箱が、テーブルの上を転がった。蓋が外れて、中身が零れる。
銀の細工が抱く護り石は、随分迷ったが、あれの瞳の色とよく似たものを選んだ。
ゴテゴテした物は好まないようだったから、細工はなるべくシンプルなデザイン、けれど銀は燻して貰った。
リングやブレスでは戦闘の邪魔になるだろうし、チョーカーならハイネックの下に隠す事もできる。
ピアスも考えたが、気に入っているのか、いつも同じ物を着けているから。
チョーカーを箱の中に元通りに入れて、蓋を閉じた。
魔法に対する抵抗力が低い事には変わりない、使うか否かは本人に任せればいい。
むざむざ無駄にすることもないだろう。
左腕に埋め込まれた結晶を操作するが、相変わらずファルには繋がらない。
箱を手に、俺は自室を後にした。
距離はわずか20メートル、ファルの部屋のドアを軽くノックする。軽い足音が聞こえて、ドアが開いた。
「…あ、…」
目が合ったのは一瞬。苦しげに眉を寄せて、すぐにファルは俯いた。
薄く上気した頬、下りた紅い髪は濡れて、かすかにソープの香りがする。
抱き締めて首筋に顔を埋めた時。髪に口付けを落とす時。
馴染むように嗅ぎ慣れた、その香はひどく心地良い。
脳裏に浮かぶ滑らかな肌の感触に、伸ばした手でファルの頬を撫でた。
「…ごめん、お風呂入ってて…髪、乾かさなきゃいけないから…」
いつでも真っ直ぐに俺を映した穏やかな瞳が、俺を映さない。
閉じかかったドアを、足を挟ませて止めた。
力ずくでドアを開けて、後ずさったファルの腕を捕まえた。
チョーカーの入った箱を押し付ける。ファルは戸惑いを浮かべながらも、それを受け取った。
「なに…」
「魔法や術から、身を守ってくれる。不要なら捨てるなり売るなり、適当に始末するといい」
本当は、この手で着けてやりたかった。
恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに浮かべる笑顔を、何度も想った。
似合うだろうか、喜ぶだろうかと、くすぐったい感覚に戸惑いながら…おそらく俺は、それが嬉しかった。
「迷惑をかけた。もう…近付かない」
上げられた顔に浮かぶ悲しみは、せめてもの優しさか。
ファルは再び俯いて、小さく返答をした。
「…ごめん…なさい…」
濡れたままの紅い髪に触れようと手を上げかけて、止めた。
踵を返して、部屋を出る。足早に自室に向かい、ドアを閉じて鍵を掛けた。
決定した事に迷う必要などない。過ぎた事を悔やむのは、時間の浪費でしかない。
ずっと、そうやって生きてきた。
俺は知らない。俺の中に、そんなものが存在するハズがない。
今この胸に立ち込める、重苦しいものなんて。
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リュウの口から直接聞くのが嫌で、理由をつけて逃げてたけど…遅かれ早かれ、こうなるって分かってた。
沢山、迷惑をかけた。煩わしく思われて当然だ。
目の奥が熱い。
覚悟なんて、とっくに出来てたハズなのに。
「ぴー…」
足元で心配そうに鳴いたぺそ―ペットのブルーペンギン―を抱き上げて、ベッドに座った。
極端に無口で無愛想で、常に他人を寄せ付けない雰囲気を纏っていたリュウが、
少しずつだけど話したり笑ったりしてくれるようになって…理由は分からないけど、嬉しかった。
「ぴ?」
ぺそが、おれの手の中の箱を短い羽で突付いて、首を傾げた。
蓋を開けると、中には小さな銀色の飾りの付いたチョーカー。
小さな銀の台座に埋め込まれた石は、おれの目と同じ赤。
シンプルだけど細かい銀細工は、丁寧に燻されていて、手の込んだ物だって一目で分かる。
石についてはよく分からないけど、魔法から身を守るものだって言ってたから、たぶん術が込められてる。
「お礼…言い損なっちゃったな」
「ぴー」
チョーカーを器用に羽に引っ掛けて、ぺそが冠を被るように頭に乗せた。
額で揺れる細工が気になるのか、ぐるぐる回りだしたから、慌てて外して…ふと空の箱に目をやった。
メッセージも何も無い贈り物、クリスマスや誕生日のプレゼントもそうだった。
相手の事をちゃんと考えた品を贈ってるクセに、言葉は添えない。
その不器用さとか、ふとした時に恥ずかしそうに逸らす顔とかが、なんだか面白くて。
話をするようになって、一緒に島内探索に出るようになって、少しずつ共に過ごす時間が増えた。
いつの間にか傍に居るのが当たり前になってたから、逃げるようにして距離を置いていたこの数日の間にも、
何度かリュウの姿を捜してる自分に気付いて…泣きたくなった。
色々考えたのに、結局おれが選んだ行動は、リュウを避けて問題から逃げただけだ。
「ぴぴー」
鳴き声にぺそに目を移すと、ぺそは目を擦りながら、シーツに潜りこんで丸くなっていた。
時計を見ると、ちょうどぺそが昼寝をする頃。
「ぺそ、一人でも平気?」
「ぴ!」
シーツから顔を出して、短く鳴きながらびしっと片手を上げたぺその頭を撫でた。
もしかして、分かってるのかな。気を遣ってくれてる?
あくびをして目を閉じたぺその頭を撫でて、腕の結晶を操作して、リュウからの通信の着信拒否を外した。
もう1ページで終了予定です。思ってたより長くなっちゃいました(´A`;