◆龍牛/サンド-1
「あれー?今日もリュウ、ゴハン食べないのかな?」
グローブもウサギ耳も外し、楽な服装をしたラヴィが、食堂に入るなり、誰にともなく尋ねた。
その隣で、キャーも小さく首を傾げる。
「みたいね。部屋で干乾びてないといいけど」
フロア毎に設置された食堂の利用は自由だが、このフロアに限っては、
メンバー全員が揃って利用する日が多い。
自然な動作で二人に椅子を引いてやりながら、彼女たち同様に装備を外したラクが苦笑した。
「ここに来てないからって、食べてないって事はないだろ」
「うーん、そうかなぁ…」
「彼、自分で料理するタイプには見えないわよね…」
話題の人物―長身で過剰に無口かつ無表情な青年、リュウのエプロン姿を想像して、キャーが苦笑した。
「まぁ、確かに。でも売店もあるんだし、イザとなったら何とかするんじゃないか?」
「あら…?今日もリュウさん、ご一緒しないんですの?」
「あら、本当。また魔術書の解読かしら?」
のんびりと食堂に入ってきたイプとフォウが、これまたのんびりと室内を見回した。
外したゴーグルを弄びながら、ライオがぼそりと言葉を漏らす。
「そういや、ウチの女性陣は差し入れーとかしないよなー。ラヴィは料理できないとして」
「食べるのは得意だよー!」
「キャーとイプとフォウ先生は?」
元気に手を上げたラヴィを流して、ライオが三人に目を向ける。
「得意料理は目玉焼きと冷奴、苦手は他全部かな」
キャーが爽やかに答えて、綺麗な微笑を浮かべる。
返答内容は問題ありなのだが、その笑顔にライオが僅かに頬を染めた。
少し考えてから、おっとりとイプが口を開いた。
「お菓子しか作れませんのー」
二人の返答に、開いていた手帳をバッグにしまいながら、フォウが苦笑した。
「私は必要最低限しかしないわね…好きってワケでもないから。ライオくんは?」
「出来るように見える?」
「ほら、人って意外なトコロで意外なものが得意だったりするでしょう?」
「オレはファルと違って、見たまんまです」
「そいや、ファルは?一緒じゃないのか?」
口を尖らせたライオに、笑いながらラクが尋ねた。
歳が近い同士で気が合うのか、ライオとファルは一緒に行動していることが多い。
「リュウに何か差し入れしてくるって。ファルの言う事なら、割とリュウも聞くし」
「お前さん、歩く騒音扱いされてるもんな」
「んなっ!?先生もだろ!」
「きっと反抗期なんですよ、彼は。先生には非はアリマセーン」
扉を開け放ったままであろう食堂から、微かに賑やかな声が聞こえる。
魔道書のページをめくりながら、リュウは眉を顰めた。
普段は気にならない程度の音でさえ、難解な魔道書の前では、鬱陶しく耳に入る。
溜め息を吐いたところで、ドアをノックする音。
「リュウ、いる?ファルだけど」
特定の数人以外なら無視しようと思っていたが、幸か不幸か"特定の数人"に含まれる人物だ。
仕方なくドアを開けた。
「…何だ?」
「これ、差し入れ。よく分かんないけど、忙しいんだよね?」
人好きのする笑顔で小さなバスケットを差し出されて、リュウは自然とそれを受け取った。
人付き合いを煩わしくさえ思うリュウだが、一緒にいても不快にならない人間もいる。
ファルも、その一人だった。
「廊下にバスケット出しておいてくれれば、後で回収するから。あまり無理しないようにねー」
手を振りながら、ぱたぱたと去っていく姿を見送って、リュウはドアを閉めた。
ソファーの横に積まれた本の上にバスケットを置いて、魔道書の解読を続ける。
急がなくてはならないワケではなかったが、手元に新たな魔法の源流―魔道書―があるならば、
技術不足でもない限りは、さっさと習得してしまいたかった。
それが限りなく使用頻度が低い、扱い難い魔法だったとしても。
ふと空腹を覚えて、リュウは顔を上げた。視界に、先刻のバスケットが入る。
本を読みながらでも摂取できるように…とまで考えたかは分からないが、その中身は、サンドイッチ。
本を開いたまま、一切れ頬張る。
「…。………」
美味しい。
このホテルの料理人が作ったものにしては、もっと甘い雰囲気の―家庭の味、といった感じだが、
かえってそれが嬉しかった。
食事と談笑を終えて、イプと共に簡単な後片付けも手伝って、ファルは自室へと歩いていた。
廊下に置かれている、見慣れた小さなバスケット。
空になったその中に、紙が一枚入っていた。
「ええと…"次回はタマゴサンドとハムサンドを所望、量は丁度いい"」
性格そのままの神経質そうな筆跡に、ファルは少し笑った。
長身に紺色の目と髪、端整な顔立ちは涼やかで、女性が放っておかなそうな容姿の青年。
そんな姿をしていながら、無口で冷淡、口を開いたと思えば、出てくるのは毒舌。
敵を作ることに関しては、他の追従を許さない。
饒舌なラクさえも言い負かしたその毒舌が、しかしファルに向いたことはなかった。
その所為もあるのかもしれないが、ファルはリュウに対して、苦手意識を覚えたことはない。
無口で無愛想だから誤解されがちだが、リュウは周囲が抱く印象よりも、ずっと普通の人間だった。
少なくとも、このフロアの住人の中では、特に浮いているということもない。
もっとも、他所から見れば、このフロアの住人全員が凄まじく浮いているのだけれど。
ふと読み返したメモに、ようやくファルは隠された意味に気付いた。
"明日は"ではなく、"次回は"。
"次回"の指す物は、おそらく次の食事。
…つまり。
「リュウ…何日篭ってるつもりなんだろう…」
2話完結予定だけど…どうだろうか。