◆龍牛/サンド-2
食堂が賑わう頃、リュウの部屋のドアがノックされるのは、ちょっとした習慣になりつつあった。
先日の魔道書は無事に解読も済み、魔法も習得できたのだが、リュウは差し入れを断らなかった。
他にも読みたい本はあったし、何より、人付き合いが苦手な彼としては、一人のほうが気楽だった。
「ええと、一緒に入ってる栄養ドリンクはフォウ先生からで、クッキーはイプとラヴィから」
「…ああ」
「あと、ラヴィとキャーが、明日ピラミッド探索に付き合って欲しいって」
「…他の奴でも充分だろう」
「フォウ先生もラク先生も、予定入ってて。戦力的には大丈夫らしいんだけど…」
「…迷子防止策か」
「うん。行ける?」
いつものバスケットを受け取りながら、だがリュウは、その質問には答えなかった。
バスケットを手渡すファルの左手、朝には無かった包帯が巻かれている。
「…どうした」
「ほ?」
「…手」
「あー、パン切る時に、手元狂っちゃって」
何の為に、と聞きかけて、リュウは微かに眉を寄せた。
だが、それに気付くことなく、ファルは笑顔を浮かべた。
「でも、大したことないし…差し入れには響かないから、大丈夫」
ラヴィやライオたちに向けるものと変わりない、相手を信頼しきったような笑顔。
包帯の巻かれた手をひらひらと振ってみせるファルに、リュウは溜め息をついた。
絆創膏では済まない傷だったのだろうに、イプの治癒魔法には頼らなかったらしい。
リュウはドアを開き、部屋の前に立ち塞がっていた体を僅かにずらした。
「入れ」
「へ?いいの?忙しいんじゃ」
そうでもない、と言いかけて、リュウは言葉を飲み込んだ。
"差し入れ"のサンドイッチが、彼はいたく気に入っていた。
元々客の少ないこの部屋には、余分な椅子は無い。
読みかけていた本が置かれている愛用の椅子には触れずに、リュウはベッドに客人を座らせた。
ファルの左手、綺麗に巻かれた包帯を外しながら、リュウがぽつりと疑問を口にした。
「…イプは留守か?」
「うん、今朝からフォウ先生と…図書館漁ってくるって」
イプの魔法は、治癒方面以外では、高い確率で暴走する。
戦闘要員としては役に立たないワケだが、彼女なりに負い目を感じているのだろう、
頼まれずとも、怪我人がいればすぐに治療する。かすり傷や擦り傷でさえも。
彼女がいれば、ファルのこの傷も、否応無しに治されていたはずだ。
親指の根元にざっくりと刻まれた傷は、血こそ止まっていたが、まだ生々しく、また痛々しい。
「…っ」
「我慢しろ」
無造作に傷口に聖水をかけて、リュウは呪文の詠唱を始めた。淡い光が溢れる。
リュウは大概の魔法は難なく操る事ができるものの、イプとは反対に、治癒方面は苦手だった。
聖水等の媒介を利用して、ようやくそれなりの効果を得られる。
努力次第で、媒介を必要としなくなる可能性はあるが、リュウにはあまり興味がなかった。
その魔法を発動する事ができるか否か、とにかくそれだけを重視している。
光が止む頃、傷は綺麗に消えていた。
「おー、すごー。ありがとー」
「…お前が作ってたのか」
「ん?あ、差し入れ?」
「ああ。…その…美味かった、ありがとう…」
「おれだけじゃないよ、イプとかラク先生も手伝ってくれるし」
「……この間、妙な物が混じっていたのは」
「ご、ごめん、止めたんだけど、先生が面白がっちゃって…」
「…いや、いい、気にするな」
非があるのはヘボ教師のみだ、後で絞めておく、と続く言葉は、綺麗に飲み込んだ。
「…ファル」
その代わりに、言いたい言葉がある。
少しだけ迷って、聖水の入った小瓶を指先で弄びながら、リュウは声を出した。
「……また、頼めるだろうか」
「差し入れ?うん、構わないよー」
人懐っこい笑みに、我知らず顔が熱くなる。
知らなかった感覚に、リュウは薄く笑った。
自分はこんなにもサンドイッチが好きだったのか、と。
禁断のボケオチ…orz
機会があれば、もっと先も描いてみたいです(脱兎)