◆開始-狸と狐(狸・狐)

「どういう事ですかな、ラケル先生」

登校と同時に緊急職員会議。
誰か何かやらかしたか、なんて気軽な気持ちで席に着いたオレに、教職員一同が妙な目を向けた。

自慢だがオレは、人目を惹きやすい。整った顔、スマートなボディに洗練された挙動。
同職の女教師や教え子たちに加え、街を歩けば実に様々な女性の視線を浴びる。

いや、今はそんな事はどうでもいいんだ。

目の前には、二枚の手紙…のコピー。
それはこの女子高に通う生徒の残した手紙で、おまけに揃ってオレのクラス。

学校にまでボクシンググローブを持ってくる、名物元気娘ラヴィ・ラブ。
学生兼モデルのしっかり者美少女、キャー・ローサ。
彼女らは、事もあろうに置手紙を一枚残して、忽然と姿を消した。

最近ニュースで耳にする大富豪の遺産を探しに、カバだかサイだかいう島に出掛けてしまったらしい。
いくらキャーがしっかりラヴィの手綱を握っていたとしても、そんな得体の知れない場所に小娘二人…
色んな意味で危ない事この上ない。

とにかく、今はこの場を収めなくては。

「彼女たちにそんな素振はありませんでした、おそらく突然の思いつきで行動したんでしょう」
「今は理由などどうでもいいんです、問題は貴方が担任教師として―」
「学園長」

下っ端―といっても教頭だけど―と話しててもラチが明かない。
偉そうな椅子に座って黙って話を聞いていた学園長に、オレは目を向けた。

「形はどうあれ、彼女たちは自分で考え、自らの力で行動し、何かを掴もうとしています。
 私は、彼女らの意志を尊重したいと考えています」

案の定、学長が口を開く前に、教頭がおろおろと立ち上がった。

「ラケル先生…!あなたは何を言っているのか、分かって―」
「分かってます。彼女たちはまだ未成年、保護者の看視が必要です。
 ですから、私もそのサイなんとか島へ行き、彼女たちと合流し、近くで見守ります」

教頭が真っ青になって口をぱくぱくさせた。このおっさん、鯉のモノマネしてる場合か。
ゆっくりと学長の口が動いた。

「その間、他のあなたの生徒は、どうされるつもりですか?」

そう、オレの生徒はラヴィたちだけじゃない。手の掛かるヤツもいるが、生徒は皆可愛い。
だけど、ラヴィたちは今、見知らぬ場所で二人…最悪はぐれたりしていれば、一人っきりだ。

「他の生徒たちは、学園や親の目の届く場所に居ます。
 それに、教師は私だけではありません。けれど、島へ向かった二人を第三者として見守るには…
 失礼ですが…ご両親や他の先生がたよりも、私のほうが適任です」

会議室がしんと静まり返る。
ヘタするとラヴィたちを追えないばかりか、停職処分…最悪クビか?

学長の目が、真っ直ぐにオレを見た。

「判りました、ラケル先生。二人の事は、あなたに一任します。その間の扱いは、三人とも休学」
「ありがとうございます…!」
「ただし、定期的にこちらに二人の状態を報告すること。
 ご両親にきちんと連絡を入れるよう、二人に促すこと。それが守れますね?」



ブラボー自由校風、ありがとう学園長。

そんなワケで、準備と連絡もソコソコに、オレはサイだかカバだかの島に向かう船に乗り込んだ。
この海の向こうで、一体何がオレを待ち受けているのか―

「…ラク先生?」
「へ?」

いくらオレが国を傾けかねないほどの男前だとしても、知られているのは限られた地域での話だ。
もしかして、ファンか?オッカケっていうヤツか?

振り返ると、眼鏡の知的美人がにこやかに微笑んだ。

「ラク・ラケル先生ですよね。あなたのお噂は、高校から上がってきた学生たちに聞いてます」
「…どこかでお会いしましたか?あなたほどの美女、見忘れる事などないと思いますが」
「あなたの高校の付属大学で、考古学の助教授をしてます。お会いするのは、多分初めてかと」
「考古学。どうりで美しさの中に、只ならぬ何かが輝いているワケだ…知性の光だったのですね」

さすがに生徒を口説くワケにもいかず、しばらく眠っていた技能が勝手に発動する。
また引っ掛けちゃうかな。かなりの美人だし、引っ掛かってくれるなら、そりゃあ嬉しいけど。

「ラク先生は、どうしてこの船に?」
「島へ向かった生徒を保護する為ですが…今、あなたに出会う為だったのだと確信しました」
「そうですか、生徒を…大変ですね…。私は島の住人が作り出したという、特有の文化と遺跡を
 学部代表で調べに行くんです。もし生徒さんらしき子を見かけたら、ご連絡しますね」

…ええと、これは軽くかわされたんだろうか。

「文化と遺跡、ですか…興味深いですが、今はあなたのことをもっと知りたい」
「ですよね!興味深いですよね!本当に楽しみです…!」

眼鏡の知的美人は、にこにこと笑って遺跡がどうだの出土品がどうだの説明を始めた。
腕が、いや口が鈍ったか?

「遺跡のお好きな綺麗なかた。できれば、あなたのお名前をお伺いしたいのですが」
「あ、ごめんなさい。フォウです、フォウ・ルゥ」

「フォウ先生…素敵な名前ですね。たった今、私の中で、美女という単語とイコールで結んで…」
「いけない、世界遺産番組の始まる時間だわ!ごめんなさい、失礼しますね!」
「え、ちょっ…フォウせんせ…」

ぱたぱたと駆け去る姿も可愛らしい。が、口説いてたつもりなんですけど。
これはアレだな、オレの口が鈍ったんじゃなく、彼女が鈍い。

島の広さがどれほどのものかは知らないが、目的地は同じなんだし、また会えるか。
噂をすれば、例のカバだかサイだか島らしき孤影が見えてきた。

「さて、どうやって仔兎ちゃんたちを捜しますかね…」

終。


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暴走し過ぎた感があるけど、たぬぬ視点描き易いなぁ…(笑
張っ倒したくなるくらい見境なく口説くといいよ、たぬぬ。←マテ