◆牛羊小説/響(羊・牛)
空はどこまでも遠く/光の向こうでは今でも星が/ちらちらと燃えて…
燃えて…燃えて…。
小さなメモ帳に綴っていた言葉に、一気に打ち消し線を引きました。
今日もお天気は上々、綺麗なグリーンの芝生の上に座っているうちに、言葉が溢れる感覚がしたのに。
誰かに見せたことはほとんどないけれど、私は時々、物語や詩を書きます。
胸の内に生じたものを、私も自分なりの言葉で表現したいと思ったから。
けれど、最近言葉が出てきません。
どんな言葉でも表現できなくて、いつまでも感情が胸にもどかしく滞っている感じがします。
メモとペンを草の上に置いて、あおむけに倒れてみても、言葉は出てきません。
空の美しさも、風の心地良さも、草の匂いも、こんなにも心に響いているのに。
「ぴー」
鳴き声が耳に入ると同時に、手に柔らかい感触。
丸くてふわふわのブルーペンギンが、私の手のひらに、ぱふんと頭を乗せていました。
「ぺそ…さん?」
「ぴ?」
名前に反応したのか、純粋に声に反応したのかは判りません。
けれど、そのブルーペンギンさんは短く鳴いて、首をことんと傾げました。
この子がぺそさんなら、近くにぺそさんのご主人様も居るはず。
周囲を見回すと、長いバンダナとふさふさの尻尾を揺らして、ぱたぱたと走ってくる影が見えました。
「イプ、ぺそ見なかっ…って、居たー…」
「ファルさん。また迷子だったんですか?ぺそさん」
「ちょっと目を離したら、蝶々追いかけて走ってっちゃって。迷惑かけなかった?」
「大丈夫ですの、大人しくして…あっ」
みつあみの結い目に結んでいたリボンをくわえて、ぺそさんはころんと器用に転がりました。
解けたリボンは転がるぺそさんに巻きついて、ぺそさんは短い羽をぱたぱたさせながら、
お酒を飲んだみたいにふらふら歩き始めました。
「ご、ごめん。すぐ捕まえるから…ぺそ、ダメだよ」
捕まえようと伸ばしたファルさんの手をするりと避けて、ぺそさんは私の目の前に。
同じく伸ばした私の手も綺麗に避けて、だけどぺそさんの足はよたよた。
よく見ると、リボンが目を覆ってしまっているみたいです。
「ぺそさん、取ってあげますの。動かないで…きゃ!」
狙っているかのように、ぺそさんは私たちの手を掻い潜って、私が自分のスカートの裾を踏んで、
ファルさんを巻き込んで転んで…ぺそさんも突然目の前に投げ出された私の手につまづいて転んで。
返ってきたリボンを髪に結び直す頃には、私もファルさんも疲れて芝生の上に転がってました。
上気した頬に草を揺らす風が、眼前に広がる青い空が、とても気持ちいいです。
でも、やっぱり言葉は生まれてきません。
ファルさんの外したバンダナと戯れるぺそさんは、こんなに可愛いのに。
「あ、イプ、動かないで」
ふいにファルさんの手が伸びて、前髪に感触。心臓がどくんと派手な音を立てました。
すぐに離れたファルさんの指には、草が一本。
「あ、ありがとうございます…」
転んだ時だね、と笑うファルさんの顔は穏やかで、私の鼓動はどんどん激しくなっていきます。
合わせた視線が恥ずかしくてくすぐったくて、ちょっとだけ逸らした目に映るのは、
ライオさんやラク先生がよくくしゃくしゃと撫でる、ファルさんの紅い髪。
思いついたイタズラに、より一層鼓動は早まって、世界中に響いてるみたい。
「あ、あの…ファルさんの髪にも…」
「あ、付いてる?どこ?」
さりげない動作を心掛けて、そっとファルさんの髪に手を伸ばしました。
思っていたよりも柔らかい感触。草を払うフリをして、ちょっと撫でて、手を引いて。
お礼を言うファルさんの笑顔に、釣られるように私の顔にも笑みが浮かんで。
穏やかな空気の中、突然ファルさんの腕の結晶からメモが飛び出しました。
「あ、そだ、ライオに呼ばれてたんだっけ。うあー、怒ってる…」
ポンポンと凄い速さでメモが飛び出してます。これじゃ、返信もできないんじゃ…。
「急いだ方がよさそうですね…」
「うん、そうする。リボン、ごめんね。今度、何かお詫びするねー」
お気になさらないでください、と答える前に、草だらけになったぺそさんをバンダナごと抱いて、
ファルさんは走っていってしまいました。
あれほど早かった鼓動が、普段のゆっくりとした速度に戻っていきます。
…あなたの傍に居ると/世界中に響き始める鼓動/だけどそれは/初夏の風よりも心地良く…
今のこの気持ちと、甘い記憶、そしていつか伝えたい言葉。
堤を切ったように流れ出る言葉に、ちょっとだけ恥ずかしく思いながら、閉じていたメモ帳を開きました。
終。
最近青ぺんばかり書いてるような(´A`;
詩については触れないでやってください…orz