◆狸狐小説/揺籃(狸・狐)

薄いサングラス越しに見る砂浜は、それでも充分に輝いてる。
真夏のような日差しでも、それほど暑さを感じない奇妙なこの島の気候にも、もう随分慣れた。

焼けた砂浜にしゃがんでいるのは、桃色のスーツに砂が付くことなんか、きっと考えてもいない女性。
日傘も差さずに地面と格闘する姿はあまりにも熱心で、見慣れてしまえば、ちょっと微笑ましい。

「フォウ先生、こんにちは」
「あ、ラク先生。こんにちはー」

ふわりと浮かべる笑顔は綺麗で、洗練された美女とは少し違うけれど、やはり魅力的だ。
だけど。

「今日もお綺麗ですね。輝く砂浜も霞んでしまいそうだ」
「ええ、ホントにいい天気。資料の虫干しにも最適ですね」
「…ええと、フォウ先生。今オレが綺麗だっていった対象、理解されてますか?」
「お天気でしょう?この辺りでは、あまり雨は降らないみたいですけれど」

このとおり。天然というか、鈍いというか。

「それで、何してるんですか?潮干狩り?」
「この辺りで古い土器を見かけたって噂を聞いたんです。それで、埋まって無いかなぁって」
「土器?こんなところで?」
「ええ。流れ着いたのかもしれないし、この辺りにも古代人が住んでいたのかもしれないし」
「まるで女神ですね。人が見向きもしない物にも、愛と情熱を注ぎ込んで…」
「あ、そうですね!見捨てられた品物を、土は分け隔てなく覆い、空気や日差しから守るんですものね」

土じゃなく、あなたの事ですってば。
心底楽しそうに小さなシャベルで丁寧に砂を除く姿に、苦笑を浮かべて言葉を呑んでしまう。

このひとの心は、土器とか遺跡とかでいっぱいで、恋だの愛だのが入り込む隙間はないのかもしれない。
少なくとも、今はまだ。

「あら、パピルス。こんなところにも埋まってるなんて…そうだわ、ラク先生、今度お時間頂けませんか?」
「はい?」
「ピラミッドの壁画を調べてみたいんです。それで、護衛をお願いしたいんですけれど」
「いつでもどこへでも馳せ参じますよ。その綺麗な顔に傷でも付いたら、世界的損失ですしね」
「綺麗なまま現存している古代の像は、本当に貴重ですものね…気をつけなきゃ」

うん、ちょっと挫けそうになってきた。
別に遠回しな表現なんてしてないってのに、どうしてこうも通じないのか。
やんわりと拒否してるって感じはしないから、単に凄まじく鈍感なだけだとは思うんだが。

「ラク先生はお散歩中ですか?」
「へ?あ、ええ、そんなところです。足が赴くままに歩いていたら、貴方の元に辿り着きました。
 人は美しいものに吸い寄せられるのが世の常、ってコトでしょうね」
「素晴らしいわ!ラク先生、ダウジングロッド持ってみませんか!?」
「は?ダウジング…ですか?」
「ラク先生なら、この島に埋もれた古美術を容易く発見できるかもしれないわ!
 …あっ、もしかしてこの近くにも!?」

いやいやいや、だから美しいのは貴方なんですってば。

「時にフォウ先生、恋愛にご興味は?」
「レンアイ?新しい遺跡の名前ですか?」

ここでズバッと"貴方が好きです!"とでも言ってしまえばいいんだろうか。
でもオレにしても、まだ"興味がある"段階だ。ヘタなこと言って妙に懐かれても困る。
まぁ、その程度でホイホイ懐くタイプの人間じゃないだろうけど。

「どうしてそんなに考古学がお好きなんですか?」

思いついたまま口にした質問に、彼女は視線を砂に向けたまま笑った。

「子供の頃に父に貰った可愛い土人形が、レポートの課題の資料に載っていたんです。
 ごく身近に存在していた物に秘められていた過去と、それを取り巻く事象と歴史…
 軽い興味で調べたはずが、それをキッカケに深みに嵌っちゃって」
「もしオレが手を差し伸べたとしたら、貴方はその深みから脱出できますか?」

シャベルを持つ手が止まって、綺麗な紫の瞳がオレを射抜く。
少しだけ笑って、彼女はきっぱりと言い放った。

「望んでないの、ごめんなさい」

堂々としたその笑顔はとても綺麗で、釣られるようにオレも笑った。

「貴方のそういうトコロが、オレは好きですよ。ピラミッドの護衛の件、明後日でいいですか?」
「ええ、ありがとう。よろしくお願いします」

彼女の瞳は、あまりオレを映してはくれない。だからこそ、惹かれる。
あの紫の瞳がオレを映すようになった時、それでもオレは彼女を好きでいるのか、興味を失うのか。
それ以前に、好奇心以上の感情を彼女に対して抱くかどうかすら、定かではない。

それでも今しばらくは、穏やかな流れに心を委ねてみるのも悪くない。
彼女が遥かな過去に思いを馳せるように、ゆるやかに。

終。


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初の狸→狐小説でした。
大人は面白いけど難しいですね…もっと格好よく描きたいんだけどな;