◆牛羊小説/お菓子(羊・牛・獅子)

「どう?」
「んー…食えなくはないけど、うまくもない。50点」
「やっぱり?うーん、何がダメなんだろ」

ホテルのフロアごとに設置された、調理私設の整った部屋―キッチンから聞こえる声に、とくんと心臓の音。

開いたままのドアから中を覗き込むと、思いっきりライオさんと目が合ってしまって、思わず硬直してしまいました。
逃げるのもおかしいし、どうすれば…ちょっと覗いてみるだけのつもりだったのに。

そんな私の心情を読める訳もなく、ライオさんは笑って、招き入れるように手を振っています。

「イプー、ちょっと来て来て。これ食ってみそー」

み、みそ?

差し出されたのは一口サイズのカップケーキ。あまり膨らまなかったようで、表面がすごくなだらかです。
エプロン姿のファルさんをそっと見ると、困ったような顔で短く頷かれました。

「い、いただきます…」

火はちゃんと通っているけれど…甘さ控えめってレベルじゃないくらいに控えめな味。

「でなー、こっちが記念すべき甘さ爆発の一作目。それから、救世主」

マグカップいっぱいのお茶が…救世主?

「おれが言うのも変だけど、ソレはやめておいた方がいいと思う…」

ファルさんは心配そうに眉を寄せましたが、ライオさんが差し出したお皿に並べられたカップケーキは
ちゃんと膨らんでいて、とても美味しそうに見えます。
もしかして、お砂糖とお塩を間違えたとか?

ちょっと警戒して、少しだけ齧ってみました。

「……!」
「ほい、お茶」

お砂糖のみで作られたかのような、凄まじい甘さ。ライオさんがお茶を救世主と呼んだ理由が判った気がします。

「ご、ごめんね。大丈夫?」
「だ、大丈夫ですの…」

「ヘンだよなー。普通の料理は美味いのに、何でお菓子は成功率低いんだろうなー」
「練習するしかないのかな」
「練習ったってなぁ…ファルのお菓子って、美味いときは美味いし、マズいときはマズいじゃん。
 だからさ、なんかホラ、壊滅的な理由があるとか。それさえ何とかすれば、百発百中になりそうじゃね?」
「理由って?」
「んなもんオレが知ってるワケねーだろー。なんかないの、思い当たるフシとかさ」
「あったら自力で何とかしてるよー」

ファルさんとライオさんは、二人で首を傾げて唸りました。すごく仲がよさそうで、ちょっと羨ましいな、なんて。

ふと目に入った調理台に並んでいるのは、材料と道具たち。

「あの…レシピは…?」
「れしぴ?何だそりゃ?」
「んーと、材料と手順を書いた…ええと、機械で言う所の取り説みたいなものかな」
「ああ、なるほどー。あれ?そういやお前、なんにも見ないで作ってなかった?」
「ライオが急にチョコチップのカップケーキ食べたいって言ったから…適当に作ってみました」

適当って…なんだかクラクラしてきました…。

「ひょっとして、いっつも適当なのか?お前」
「うん」
「それが原因じゃねぇの?」
「普通の料理は適当でも大丈夫なんだけどなぁ…」

腑に落ちない顔で、ファルさんは激甘カップケーキに視線を移しました。

「あの…お菓子は、きちんと材料を量って作ったほうがいいと思いますの…」
「え、そうなの?」
「お砂糖が少ないと、生地が膨らまなかったりしますし…量って作れば、失敗しなくなると思いますの」
「そうなんだ…ありがとう、そうしてみる」

ほよん、と穏やかな笑みを浮かべたファルさんに、顔が熱くなる感覚。
慌てて頬を手で覆って、背を向けました。

背後から、ライオさんの明るい声。

「いっそのこと、一度イプと一緒に作ってみれば原因ハッキリ分かるかもよ?イプのお菓子、美味いし」
「あ、そうだね。迷惑じゃなければ、お願いしたいな」
「え、えっ…」

ファルさんと…ふ、二人っきりで並んでお料理なんて…!

「じゃあオレ味見係ー」

言いながら、ライオさんが嬉しそうに手を上げました。
安心したような、残念なような…複雑な気分です…。

「あはは、よろしくー。イプ、大丈夫?他に用があるなら…」
「い、いえっ、大丈夫ですのっ」
「ホントに?無理してない?」
「はいっ、大丈夫ですっ」
「そっか、よかったー。それじゃ、よろしくお願いしまーす」
「こ、こちらこそですの…」



焼き上がったカップケーキをお皿に二つ乗せて、紅茶と一緒にライオさんの前に置きました。
片方はハニーシロップ、もう片方はチョコチップ。両方とも綺麗に焼けています。
いぶかしげな目で二つのカップケーキを見比べてから、ライオさんの目がちろりとファルさんに移動しました。

「どっちがハズレ?」
「うあ、ひど…もうライオの為には何も作らない」
「ごめんなさい、いただきます」

一瞬ケンカかと思って不安になったけれど、二人はにこにこしています。
そんな風にじゃれ合えるくらい仲がいいなんて、やっぱり羨ましいな…同性だったら、私もそんな風になれたのかな。

「んー?どっちがファルでどっちがイプ?全然分かんね、両方美味いし。降参!」
「ハニーシロップのほうがイプで、チョコチップのがおれ。イプせんせ、ありがとうございましたー」
「あっ、いえ…」
「お礼ができればいいんだけど…何かおれに出来る事、ない?護衛でも何でもするよー」

い、一緒にお出掛けしてください!なんて…言えるハズありません。

どうしようかと視線を泳がせた先には、焼き立てのカップケーキ。
手順を確認しながら同時進行で個別に作ったので、ファルさんのケーキは、紛れもなくファルさんの手作りです。

少しお味見には貰ったけれど、きちんとお茶を淹れて、ゆっくり味わってみたいな…なんて。

「あの…そ、それじゃ…その…ファルさんのカップケーキ、いただいていってもいいですか…?」
「あ、うん、幾つでも持ってってー。イプに教わった事を忘れないうちに、もう一回焼いてみるから」
「え、も一回焼くの?じゃあ、オレもガッツリ貰ってっていい?」
「うん、いいよ。イプ、幾つ持ってく?」
「えと…ふたつ、頂けますか…?」

調理したものを部屋に運べるようにとキッチンに備え付けてある紙箱。
その中からちょうどいいサイズを選んで、ケーキを入れて手渡してくれました。



キッチンから数十メートル、自室に戻ってケーキの箱を置くと、ふわりと漂う甘い香り。
紅茶を淹れて、チョコチップの散りばめられたカップケーキをひとつ取り出して…時間はちょうど15時。

本が恋人だなんて周りの人に言われていたくらいだから、私は恋愛に関して、きっとすごく疎いんだと思います。
それでも、この島に来て、気になる人ができて…だけどその人は、私以上に恋愛に疎そうな人。

口の中に広がるケーキの味は、その人の心を映すかのように優しくて。
いつか、この思いを伝えられたら…あの人はその時、どんな顔をするんだろう。

こみ上げてくるようなくすぐったさを感じながら、私はのんびりと穏やかな時間を楽しみました。

終。


←前の話 次の話→

戻る

そろそろ牛←羊じゃなく、牛羊目指して進展させる方向で…(遅
カップケーキ食べたくなって頂けたなら本望です(´∀`)←何の手先だ