◆狸牛小説1-2◆

「ファー、先生とコーラルビーチ2泊3日の旅に出ない?」
「何で?」

「親睦を兼ねたデートに決まってるでしょ」
「あはは、それはもういいから。で、本当の用事は?」

「いや、オレは真剣かつ本気なんですが」
「あ、誰かを口説く練習?だったら、おれよりフォウ先生とかキャーのほうがいいんじゃない?」

赤毛バンダナ―ファル=グレンにうっかり傾倒して、はや一週間。

「オレの目には今、お前しか映ってないぜ?なぁファー」
「あ、分かった、誰か会いたい人がいるんだ」

「オレがいつも側にいたい人は、目の前にいるよ。もうお前しか見えないんだ」
「はいはい。分かった、護衛するよ」

全っっ然分かってないっつーの。

オレのスイートトークをもってしても、ファーはこの通り。ぐらつきもしやしねぇ。
自分がそういう対象に見られてるとは、思ってもいないんだろう。

「ぺそ、仲間に会えるぞー。ちょっと大きいけど」

ファーの膝の上で、くりん、とぺそが首を傾げた。ホントに分かってんのかね、ぺそも飼い主も。

油断しきってるからこそ、こんな風に軽く乗ってくれるのかもしれんが…先生は寂しいぞ。
まぁ、警戒されて近づけなくなったら、それはそれで困るんだが。



久々に訪れたビーチは、相変わらず光に溢れて、あちこちキラキラと輝いていた。
これだけ綺麗な景色だってのに、ここにはほとんど人がいない。

テレポートサービスで気軽に来られないのが原因…だろうな。
これといった特産品もロクにないし、わざわざ洞窟を通って訪れる物好きは、そうそういないか。

海を見ると走り出す本能でもあるのか、ファーはぺそと共に、海に一直線。
靴を脱いで、赤いラインのパンツの裾を捲って、波打ち際でぺそと戯れている。

町に着く前に直行かよ、と突っ込む気も失せるくらいに楽しそうな顔に、思わず頬が緩む。
こりゃ、本格的にやられたな…浮き名を流したこのオレが、なんてザマだ。

上着を脱いで、俺は砂浜に座った。ポケットを探って煙草とマッチを出し、火をつける。
ファーは煙草の臭いが嫌だと言うけれど、こればかりは譲れない。

…あ、ぺそが波に攫われた。

短い手足をばたつかせて浮き沈みする淡い水色を追って、ファーが慌てて海の中に入っていく。
ペンギンのクセに泳げないのか、ぺそは。

どうやら上手く捕獲…もとい救助できたらしい。水を滴らせて、ファーがこっちに向かってきた。
砂の上にバンダナを落として、ぺそをその上に置いて、自分も砂の上に座った。

砂の上に、点々と黒い水跡が落ちる。どうやら被害は、太腿の辺りまでで済んだらしい。
晴天、気温も上々。この気候なら、すぐに乾くだろ。

「うあー、びしょびしょ」
「ご愁傷様。寒くないか?」

「この気候でソレ聞く?」
「だろうな。ざーんねん、寒いって言ったら、人肌で温めてやろうと思ってたのに」

「だーかーら、そういう事は好きな子に言ってあげなよ」
「そうしてるつもりですけど?」

「ぺそ、泳ぎ覚えようなー。ペンギンが溺れるなんて、ちょっと情けないぞ」

無視かい。

「なぁ、本気で愛してるんだってば」
「私もよ、先生〜。これでいい?」

「…ファー」
「あーあ、ぺそ、毛ぼそぼそ。海水だもんなー」

「宿取ったら、一緒に風呂入りゃいいだろ」
「そだね。おー、毛固まる。ほら先生、おれとお揃いー」

「ぶっ」

普段はふわふわの毛をツンツンに立てられたぺそが、ファーと一緒にオレの視界に
飛び込んできたもんだから、思わず吹き出した。

そんな事せんでも、鬱陶しいほど似てると思うんだけどな、こいつら。
指先でぺその額を小突くと、ころんと後に転がった。

「なぁ、先生?」

それを咎めるでもなく、ファーが口を開いた。視線はぺそでもオレでもなく、海。

「この島って、どうやって魔物の管理してるんだろうな?」
「ギルドの連中が、何とかしてるんだろ」

「外だとさ、結界である程度の範囲は魔物の出現や侵入を防止できるけど、
 ここまで完全に出現地域を限定させるのは、不可能だっただろ?」

外。島外、オレ達の本来住む世界、か。

この島の町は、どれも小さい。魔物を抑える結界に、すっぽりと収まるくらいに。
そこは納得いくが、たしかに地域ごとに出現する魔物を限定させる術は、想像も付かない。

本来なら、魔物は気まぐれに"涌く"もののはずだ。だからこそ、外界では魔物の処理に苦労している。
人は多く、町も広がる。だが結界の範囲内に納まるのは、お偉いさんの家と、一部の公共施設くらいなもの。
魔物を処理する、ハンターっていう組織もあるが、人数は少ない。魔物の被害は増える一方だ。

ファーが、遠くを見たまま続ける。

「外でも、なんとか管理できないのかな…。そうすれば、もう、あんな思い」
「…もしかして、その背中の傷」

「へ?あ、いや、これは違うよ。強盗だか殺人犯だか…詳しくは忘れたけど、人間」
「じゃあ、あんな思いって何だ?」

「…あー…ほら、魔物の被害って少なくないし」
「実際に体験したような口ぶりだったが」

困ったように、ファーはぺそを撫でた。
オレは、ファーに関して、何も知らない。それを思い知らされた気がした。

こういう子は、無理に訊こうとしても、多分口を開かない。
待つしかない。待っても駄目なら、いつか聞かせてくれる日を待つしかない。

波の音と、鳥の声。一体どれだけの間、沈黙がオレ達を包んでいたのか、分からない。

「…小さな村で、魔物が涌いたんだ。その日は秋祭りで、ほとんどの村人が、外に出てた…」

人形が語るように、何かを無感情になぞるように、ファーは続けた。

「村は、都から離れてたから…ハンターは、間に合わなかった」

波の音。

「ハンターが着いた時には、村はもう、壊滅状態で…生き残ったのは、女子供が4人だけ…」

乾いた声。

「…いい、村だったんだ。北方の土地だったから、気候は少し厳しかったけど…皆、温かくて」

潮の、匂。

「あんな光景…もう、誰にも見せたくない」

勝手に手が伸びた。
ファーの肩に腕を回して、その手でファーの目を覆って、引き寄せた。

オレの肩に寄りかかる形になった、ファーの頭の重み。

オレの手を濡らす、ファーの涙。

砂に落ちた、黒い跡。



それ以上は、結局何も訊けなかった。
落ち着くのを待って、ブルーミングコーラに移動して、宿を取って、食事と風呂と談笑。

相部屋で隣のベッド、邪魔者は青ペンギン1匹のみ。これ以上ないってくらい美味しい状況。

…だからって、あんな話聞いたその日に、手ぇ出せるワケないだろうが。
狙ったのか?狙って話したのか、赤毛バンダナ!?…って、んなワケないか。

普段なら不機嫌最高潮になるところだが、不思議とそうはならなかった。
話を、聞けたんだから。



ブルーミングコーラ2泊3日大作戦、第一日目。
収穫はファーの過去の一部、以上。


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裏設定(捏造設定)をどこまで出すべきか…。
何も知らない状態の狸視点なのを幸いに、最低限で行こうと思います。