◆狸牛小説1-3◆

故郷の村が壊滅したという、ファーの過去の話。
無表情のまま涙を零すファーを肩に抱き寄せて、波の音を聞いた―その翌日。

「ぅあわあああ、先生、どうしよう!」
「はいファルくん、落ち着いて。何事ですか、朝っぱらから」

「ぺそが」
「ぺそが?」

「洗面台で暴れて、先生の煙草」
「オレの煙草が」

「…水に浸かっちゃった、一箱…」
「それくらいで怒ると思うか、心の広ーいラク先生が?」

「ぺそも、滑って洗面台から落ちて」
「…落ちて?」

「一緒に落ちた、先生のローション、頭に食らったらしくて…」
「………」

「……動かない」

ファーの腕の中には、タオルに包まれたぺそ。ファーの言うとおり、動かない。

「どうしよう、ぺそが死んだら、おれ」

動かないけど、どう見ても腹が規則的に上下してる。
手近にあった花瓶から花を抜き取って、中の水をぺそにぶっかけてみた。
案の定びくりとぺそは飛び起きて、豆鉄砲を食らったような顔で、きょろきょろと辺りを見回した。

「ぺそ!?よかった、生きてたー!」

昨日ファーの話を聞いて、普段は強がって、明るく振舞ってるものだと思ったんだが…

「って先生、いきなり水かける事ないだろ!ぺそ脅えてる!」

…ただの天然か。
あんな話して、泣き顔まで見られたってのに…全く気にした雰囲気がないぞ、こいつ。

ぺそへの態度から、いつの間にかオレのヘビースモーカーっぷりに変わった説教を適当に聞きつつ、
無意識にポケットを探った。

あー、そうか、ぺそが駄目にしたんだったか。

「ファー、ぺその代わりに、煙草のお詫びしてくれるかな」
「あ?ああ、うん。禁煙パイプな」
「ちょ、待った!選択権すらナシですか?オレ被害者よ?」
「禁煙ガム?禁煙パッチ?」

「…そうまでして、煙草やめさせたいのか」
「だって体に悪いし、おれ臭い嫌いだし」
「煙草くわえてる姿、様になってるだろ?あ、さては惚れそうで怖いんだな?」
「煙草やめたら、キスしてあげるよー」

…マジっすか?

「せーんせーい、今の突っ込むトコロだろー。折角先生風にボケてみたのに」

なんだ、冗談か…って、オレ風にボケ?
つーことは、今までのスイートトーク、全部ボケだと思われてるワケか?

…なんてこったい。

「ホントにキスしてくれるんなら、煙草やめてもいいぜ?とりあえず今日一日な」
「隠れて吸うとかナシだぞー」

「しないさ、お前の唇が懸かってるんだからな」
「そういう事サラッと言うんだもんなあ…先生の事好きになった人は、大変だねー」

「今にお前もそうなるぜ?まぁ、お前がオレの所に来てくれたら、お前一筋になるけど」
「あはは、先生って面白いなー」

だんだん自信なくなってきたんだが。
いやいや、負けないぞ。見てろよ、天然赤毛バンダナ。



ブルーペンギンの生息地は、相変わらずでかい青ペンギンがわさわさ動いていた。
ぺそに仲間を見せてやりたいっていうファーに付き合って来たが…ぺその奴、激しく脅えてるように見えるんだが。

ガクガクブルブル震えるぺそを抱いて、巨大ブルーペンギンに突進していくファー。
ちょっとぺそが気の毒な気もするが…ファーに抱きしめられてるんだ、充分幸せか。

必死に服にしがみつくぺそを、ファーは容赦なくベリッと剥がして、青ペンギンの前に置いた。
攻撃を仕掛けてくる事はないだろうが…怖いだろそりゃ。どんだけ体格差あると思ってるんだ。

あーあー、硬直してる。
鬼ですよ、鬼がいますよ。しかも天然の鬼ですよ。

適当な木の根元に座って、無意識にポケットを探りかけて、煙草は買わなかったんだと思い出した。
買わんでよかった、無意識に吸いかねない。折角真意に気付かせるチャンスだ、逃して堪りますか。

…お、ぺそが必死の形相でこっちに向かってくる。
オレの後ろに隠れて、ガクガクブルブル震えてる。
首をかしげながら、ぱたぱたとファーも走ってきた。

「んー、何でだろう。ぺその両親がいるかもしれないのに」
「サイズが違いすぎるだろ、別の種類なんじゃないのか?」
「そうなのかな。ぺそ、ごめんなー」

ぐりぐりと撫でられて、ぺそはぺたりとファーの足にしがみ付いた。
何だかんだ言いながら懐いてるのか、そもそも何も考えてないのか…微妙な線だな。



日が暮れてきて、空が茜色に染まっていく。
目の前を無数の青ペンギンがのそのそ歩いてるのを除けば、まぁ、それなりの雰囲気か。

「でさ、先生。何しにコーラルビーチに来たんだ?」
「はい?」
「会いたい人がいるんなら、会ってきなよ。おれに気遣う必要ないから」

そういう事言うのか、お前は。
…駄目だ、イライラしてきた。

「…ったく、キミはどこまで鈍いのかねぇ。先生困っちゃうよ」
「え、もっと早く言えばよかった!?ご、ごめん、ほら、さっさと行く!」

「煙草」
「はい?」
「煙草。吸ってないよな」
「ああ、うん」
「まだ半日だけど、オレにしちゃ上出来だから」

胸倉を掴んで、木に押し付けて、片手で顎を持ち上げて。
最初だから、重ねるだけで許してやるよ。

「…っ、ぅ」

鼻から抜けた声が甘くて、必死で理性を抑えた。
思っていたよりも柔らかい感触、離れがたいけど―離れた。

ゆっくりとファーの利き手が上がる。
さぁて、ダブルアタック2発くらいは覚悟しとくか。

……あれ?攻撃が来ないぞ?

オレの目の前で、ファーは口を押さえて俯いていた。
覗き込んだ顔は耳まで真っ赤、ついでに涙目。

…えええ?予想外の反応だぞ、これは。
つまりアレか、もっと先まで雪崩れ込んじゃっても大丈夫だったって事か?いやいやいや、まさか。

「…ケ…」
「はい?」
「先生のボケタラシー!!」
「げふっ!」

左拳のボディブローがモロに入って、一瞬気が遠くなる。
利き腕じゃないって事は、一応手加減してくれたワケか。充分効いてますけど。

胸倉を捕まれて引き寄せられて、ファーの顔が目の前に来た。近い近い、悪戯したくなっちゃうって。

「誰だか知らないけど、好きな人がいるんだろ!?で、人を練習に使ってるんだろ!?」

違うってば。

「練習はもういいから、さっさとアピールでも告白でもしてこい!」

だから実際にやってるんですってば。

噛みつかれるかな。ヘタすりゃまたボディブロー、最悪ハードアタックかも。
まぁいいさ、それくらい。多少の障害や抵抗なんて、想定内だ。

少し見下ろす位置にある顎を再び指先で持ち上げて、噛みつくみたいに唇を重ねた。
びくりと硬直して逃げようとしたファーの腰を捕まえて、驚いて開いた口の中に侵入する。

オレの胸倉を掴んでいた手が外されて、ファーの両手はオレの両肩へ―押し返そうとするみたいに。
薄く目を開けてみたら、耐えるみたいに固く閉じた瞳から、ぼろっと涙が零れた。

―そんなに嫌か?
やっぱ可能性ゼロ?
だろうな、対象外だもんな。
だからって、諦められるかよ。つーか誰がボケタラシだ、あぁ?

「…ぷはっ、げほっ、げほっ」
「ぷはって…お前なぁ、もうちょっと色気ある吐息できねぇのかよ」
「だっ――…ちょっ、先生!」

反論される前に抱きしめちまえ。それがオレが人生で学んだスキルのひとつだ。自慢にゃならんが。

「はいファルくん、ちょっと静かにね。それともまたキスされたいのかなー?」
「っ………」
「なぁ、ファー。オレに好きな人がいるってのは、分かってるよな」

オレの腕の中で、ようやく大人しくなったファーが小さく頷いた。

「じゃ、誰が好きだと思う?」
「へ?いや、分かるわけないし」

「オレの腕の中にいる、可愛い人―なんて言ったら、また冗談だと思うんだろうな。
 …お前だよ、ファー。オレとしては、思いっきり不覚だがな」
「…は?」

「好きなんだ、ファー。もっとお前の事が知りたい」
「…は?」

「お友達からでもいいから、とりあえず始めさせてください」
「…は?」

「…お前は耳の遠いおじいちゃんですか」
「や、だって…ありえないし」

うっわ、遠回しに対象外宣言?分かってはいたが、直に言われると効くなオイ。

「まぁ、そりゃそうだろうな。自分の事ながら、オレもビックリですよ。で?」
「…で?」

「いや聞き返すなよ、オレが聞いてるんだよ。返事は?」
「…ちょ、ちょっと待って…冗談じゃなく?からかってるんでもなく?本気で?」

「いくらオレでも、好きでもない奴にキスして、真顔でこんな事言うと思うか?」

「……うそ」
「ホント」

「ま、待って、ゆっくり考えさせて。おれのアタマじゃ処理しきれません先生」
「はいよ、結論出るまでオレが優し〜く抱きしめててやるから、ゆっくり考えろ」

なだめるみたいにポンポンと背中を叩くと、ファーはふうっと溜め息をついた。
こんな事で安心するなんて、ガキだな…そう思うクセに、それが愛しくて堪らない。

体温が、心地いい。



太陽はもう、完全に水平線に姿を隠そうとしている。
うとうとしていたぺそが、ころんと地面に転がって、完全に寝入った頃。
大人しく抱かれていたファーが、ようやく身じろぎをした。

「…あの、先生?」
「結論、出たか?」
「その…やっぱりよく分かんないんだけど、おれ、先生の事、嫌いじゃないよ。変だけど面白いし、優しいし」
「また微妙な返事を…。とりあえず、オレの気持ちは分かってくれたのかな?」
「あー、うん。ありがとう、気持ちは嬉しい…のかな、うーん」

「じゃあオレの事、好き?」
「分かんない」

そう来たか、このやろう。

いっそ押し倒してやろうかなんて、物騒な考えが一瞬過ぎる。
人の頭の中が読めるはずもなく、ファーはそのまま言葉を続けた。

「分かんないけど、ええと、友達から始める…だっけ?それならいいよー」

…はい?

「そうか、先生はおれと友達になりたかったのか。
 先生って呼んでるから、なんかホントに先生みたいな気がしてたからなー」

「あの、ファル君?オレの捨て身の愛の告白はドコにふっ飛ばしちゃったのかな?」

ファーが「へ?何の話?」と言わんばかりに、きょとんとした顔でオレを見た。

さすがのオレもいい加減泣きたくなってきて、抗議しかけたとたん、ファーの顔が紅く染まった。
それこそ、ボンッ、なんて効果音が聞こえそうな勢いで。

「ご、ごめんっ、忘れてた…そうだよね、友達から始めるって言ったんだもんな…って、あれ?
 友達から始めて…最後はドコ?義兄弟?」

「我ら生まれし場所は違えども―って違うだろコラ。最後は結婚でしょ」
「けっ…!?」

「あぁ、すでに友達か。じゃあ不純同性交遊から始めるか?」
「ふっ…どっ…!?」

あーあ、真っ赤。ういういで可愛いなあ。

「まぁまぁ、そのヘンのさじ加減は百戦錬磨の先生に任せておきなさい。ね?」
「なんだか安心できるような、かえって不安なような…」

「気のせいでしょ。…サンキュな、ファー。急な話で、びっくりしただろ」
「…うん」

「そんなに気ィ張らんでも大丈夫だって。少しずつ行こう。な」
「…うん」

「じゃ、帰るか。ぺそもダウンしちゃったし」
「…うん」



ブルーミングコーラに移動して、宿を取って以下略。

ブルーミングコーラ2泊3日大作戦、第二日目。
収穫は今語ったとおり、以上。


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最終手段・実力行s(ry
どこまで行っていいのか、非常に不安なんですが。