◆狸牛小説1-4◆

コーラルビーチ2泊3日作戦から、一週間経過。

ん、最終日はどうしたか?普通に洞窟抜けて帰ったさ。
携帯使って帰ろうとするのを、説得して徒歩にさせただけでも褒めてもらいたい。
進展?悪かったな、残念ながら全然ありませんでしたよ、ええ。

その後も一緒に遠出してみたり(二人っきりじゃなかったが)、
暇さえあれば話したり(ぺそは常にファーに張り付いてたが)、
好感度の上昇を地味に狙ってみたんだが…作戦前と変わった感が全くない。

ホテルのロビーでのんびり骨を休めている今も、実はファーは隣にいる。
膝の上でクラッカーを頬張るぺそを、微笑ましく見守っているが…隣のオレを気にする様子はない。

なんだ、アレか?オレの告白は綺麗サッパリ忘却の彼方か?

"お友達"宣言しときながら、相変わらずファーはオレを「先生」って呼ぶし、
名前で呼んでって言ってみても、「なんだか違和感あるから嫌だ」の一点張り。

こいつなりに警戒する事を覚えたのか、キスもできやしないし、正直そろそろ我慢できな…


…ごほん。失礼、なんでもない。


…あれ?警戒してるってことは、少しは意識されてるって事か?

「もっと?太るぞ、ぺそー?」

ぺそにねだられて、苦笑しながらクラッカーをもう一枚取り出したファーを見る。
別に緊張してる感じも、やはり横にいるオレを気にしている雰囲気もない。

「ファー」
「ん?…う、わ!」

顎を捕まえて顔を近付けた―とたん、オレの端整な顔にファーの手がペチッと押し付けられた。
なんとも分かりやすい拒否反応で。

「なぁファー、オレの事、そんなに嫌い?」
「き、嫌いじゃないけど」

顔が赤い。"嫌いだからイヤ"なんじゃなくて、"慣れてなくてよく分からないからイヤ"ってところか?
可能性、あるんだろうか。

「ファー、オレの部屋に来ない?」
「…何で?」
「二人で話したい事があるんですけど、駄目かな?」
「…ぺそも一緒でいい?」
「ああ、いいよ」

まぁ、青ペンギン1匹くらい、いようがいまいが害はないだろ。オレを嫌ってるワケでもないし。



ぺそがクラッカーを食べ終わるのを待って、オレたちは移動した。

島の管理側から与えられた、ホテルの一室。
個性のないその部屋が、だんだんとそれぞれの個性に染められていく様は、ちょっと面白い。

たとえば兎耳のピンクグローブ女子高生は、どこからか持ち込んだサンドバッグが部屋の隅に
どでんっと置かれているし、ふわふわスカートの三つ編み少女は枕元に本とぬいぐるみ。

獅子耳の少年は部屋中に得体の知れない機械やら部品を散乱させて、
ドラゴンのむっつり…もといクール青年の部屋は、魔術書だのスクロールだの奇妙な薬だのが、
不便がない程度に整理されて置かれていた。

狐のお姉さんの部屋は発掘品とその資料が綺麗に整頓されていて、
猫娘はメイク道具や大きな鏡、アクセサリーを始めとする小物がどっさり。

そんな連中に比べれば、オレの部屋は無個性かもしれない。
趣味で集めてるサングラスが箱に詰められていて、愛用の煙草が
常備されているくらいなもので…まぁ、それでもオレの部屋だって特定はできるかもしれんがな。

「で、話って何?」

ぼふん、とベッドに座って、足にぺたりと抱きついたぺそを膝に乗せながら、ファーが首を傾げた。
後ろ手に部屋の鍵をかけたが、気付かなかったのか、特に疑問を抱かなかったのか―ファーは無反応。

元からあまりない忍耐力だ、ホントにそろそろ限界なんですけれど。

「ファーはオレの事、どう思ってるんだ?」
「ど、どうって」
「前と何も変わらないか?ただの"同じフロアの住人"?」

「…分かんない」
「分かんないのかよ…」

「好きだとは思うけど、先生の言う"好き"とは違うかもしれないし…やっぱり分かんない。ごめん」
「…分かるようにしてやろうか?」

手首を捕まえて、圧し掛かるようにベッドに押し倒した。
唇を寄せると、ファーは眉を寄せて、ふいっと顔をそらした。こりゃホントにダメか?

「嫌か?『分からない』はナシだぞ」

頬を染めて、困ったような泣きそうな顔をするから、嗜虐心が湧き上がる。
両手でファーの手首を押さえたまま、口でファーの上着のファスナーを下ろす。

びくり、と体が震えたのを無視して、鎖骨にキスをした。
痕を刻んでやろうかと思ったけれど、ひとまず触れるだけ。

「…嫌か?」
「やだ…」

うわぁ、玉砕ー。
オレとファーじゃ、釣り合わないっちゃあ釣り合わないか。

想いが通じたところで、きっとオレはファーを不幸にする。これでよかったのかもしれない。

心のどこかでそんな冷めた事を思いながらも、組み敷いた体が思っていたよりも小さくて、
つかんだ手首も細くて…いっそこのまま食っちまおうか、なんて思ってる。

かすかに身じろぎをして、ファーが小さく声を漏らした。

「せんせ…放して、怖い」
「嫌だ、って言ったら?」

「ちゃんと、考えるから。ごめん、もしかしたら冗談だったのかもって、考えないようにしてた…。
 そういうの、おれ、ホントによく分からないし」

心細そうな声。心細そうだけど、真剣な声だ。

「時間かかるかもしれないけど、ちゃんと結論、出すから。だから、放して」
「その気になれば、殴り倒してでも逃げられるだろ」

膝蹴りでも頭突きでも何でもして、怯んだところを鳩尾なり首になり仕掛ければいい。
怯ませただけでも、ファーの足なら充分逃げられる。

だけど、それには答えないで、ファーは真っ直ぐに紅い目でオレを見た。

「先生は、おれの何が気に入ったんだ?」
「…言ってなかったっけ?」

「聞いてない。何で?女の子みたいな顔ってワケでもないのに」
「最初は髪。初めて見たからな、こんな色」

ファーの左手をつかんでいた手を放して、ベッドに散る真紅の髪に触れる。

この髪がこんな色をしてなかったら―たとえば茶とか金とか、どこにでもある色なら、
多分オレは興味を持たなかった。

「無駄に目立つから隠してたのに…いつ?傷痕見た時?」
「いや、その前。ぺそをバンダナに包んで帰ってきたこと、あったろ」
「あー、ぺそが足滑らせて、川に落ちて。って、そんな理由で?」
「きっかけではあったな。性格も顔も可愛いとは思ってたけど、それまでは生徒みたいな感覚だったし」

「染めようかな…」

コラ。

「もう遅いぞ。今は全部好きだからな、知らない部分もひっくるめて」
「知らないのに好きって、ありえないと思うんですけど」

「あるんだよ、お前に関してだけは。全てを愛せる自信がある」
「またそういう事言う…」

「そういうワリには、顔、赤いぞ?おやおや、先生のこと好きになっちゃったかなー?」
「うう、うるさいっ。さっさと放して離れてください先生っ」

ははは、真っ赤。そんな顔で睨んでも、可愛いだけですって。

「そうだな、『ラク』って呼んでくれたら考えてあげるよ、ファルくん」
「…ら、ラク先生」

「先生はいらないってば。ほら、呼んでごらん」
「…先生のこと好きになったら、考える」

そうきたか。

引き下ろされた上着のファスナーを、ファーは解放された左手で、さりげなく戻した。
もう少し触っときゃよかったかな、なんて。

「仕方ないなぁ…じゃあ、ひとつだけでいいから、オレの知らないファーの事、聞かせろ」
「は?あの、理屈が全く分かりません先生」

「はい、授業妨害禁止。さっさと何か話せ。そうだな…外での生活とか知りたいな。まだ学生だろ?」
「うん、学校行きながらモンスターハンターやってる…まだ見習いだけど」

「へ?ハンター?お前さん、格闘家って肩書きじゃ」
「肩書きハンターじゃ面倒かもしれないからって、格闘家にしちまえーって言われて」

なんてナチュラルな職業詐称。まぁ、害はないか。

実戦的な動きとか、武器の有無に左右されない技とか、多少変わってるとは思ったが…
なるほど、実戦的かつ柔軟性がなけりゃ、ヘタすりゃ命落としかねないわな。

しかし、ハンターか…魔物に村を滅ぼされたって言ってたもんな。

考えが顔に出ていたのか、ファーが苦笑を浮かべた。

「敵討ちのつもりじゃないよ?ただ、同じ目に遭う人を、少しでも減らせたらいいかなって思って。
 おれもティーも、それなりには苦労したから」

「ティー?」
「前に言わなかったっけ?ティガ、双子の弟」

おや?てっきり魔物の襲撃で家族亡くして、天涯孤独になったものだと思ってたんだが…。
そういや詳しくは聞いてなかった―っていうか、普通聞きにくいだろう、そういうの。

「双子、ね…似てる?弟くん」

「あー、基本は似てると思うけど、似てないって言われる方が多いかな。
 ティー、人見知りで無愛想で気強いし…髪の色も違うし」

ファーが二人ってワケじゃないのか、残念。いや、別にヘンな事考えてたワケじゃないぞ?

「弟くんは、ここには来てないのか?」

「あー、うん。二人だけの家族だからか、ティー、ちょっとブラコン気味で…周りの人たちにも
 兄離れさせたほうがいいって言われてたから、説得して置いてきちゃった。先生は家族は?」

「両親に兄と姉が二人ずつ、全員教師」
「うわ…。あ、いや、ごめん」

「いや、その反応にゃオレも同意ですよ。奴らは真面目で堅苦しすぎて、
 自由を愛するオレには到底付いていけん。末っ子で半ば放置されてるのが、唯一の幸い」

「放置?寂しくない?」

「むしろ放っといてくださいって感じですよ、どうにも奴らとは空気が合わないし。
 ちなみに一人暮らしだから、島を出たら即行で同棲しようか。愛を育むには最適だぞ?」

「何勝手に暴走してるんですか…」
「ああ、ダブルベッド買わなきゃな。あとは揃いの食器か?」

「そろそろ寝ます、おやすみー」
「泊まってっていいぞ?添い寝してやるぜ、ハニー」



というワケで、オレとファーは、初めての二人の夜を楽しんだ。
…嘘ですごめんなさい、さっさと逃げられました。


本日の収穫、ファーの情報の一部と―可能性。以上


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外での設定やら家族関連は削ろうかとも思ったんですが、
ここまでに中途半端に設定出してきちゃったので、そのままで。
中途半端に二次創作と創作の狭間みたいで、なんだか格好悪いですがね;

連載は次回でひとまず終わりです。