◆狸牛/プライベート

籐カゴに入ったパンに、湯気の立つビーフシチュー、硝子のボウルにはトマトサラダ。
解した白身魚とチーズが乗ったクラッカーと、貰いものの白ワイン。
テーブルの上に並んだ料理が、あまりにもいい匂いを振り撒くものだから、急に空腹感を覚えた。

トレジャーハンターたちに貸し与えられたホテルは快適だし、食事も出る。
けれど、オレたち―オレとファル―は、時々ホテルを出て、島の片隅にキャンプを張る。

ひと口にキャンプといっても、生活空間を圧縮したような質のいいものから、
ホントにテント張っただけって感じの部屋まで、様々に改装できるようになってる。

教師という職業上、オレは一人で仕事のできる場所が必要だったから、生活できる程度に弄ってある。
ファルも、自由に使えるキッチンが欲しいとかで、やっぱり改装済みだった。

普段は仲間に囲まれている分、時々互いのキャンプにお邪魔しては、二人っきりの時間と空間を楽しむ。
今日はファルのキャンプで、手料理をご馳走になる約束をしていた。

テーブルの上の料理の他にも、ファルが立っているキッチンから、甘い匂いが漂ってくる。
ケーキかパイかタルトか―分からないが、何か焼いたんだろう。

オレは甘いものはあまり得意じゃないけれど、ヤツはその辺りも知った上で、菓子を作る。
ヤツの作る、甘さ控えめで後味爽やかなデザートが、最近は密かに楽しみだったりして。

キッチンに入ると、エプロン姿のファルが、ちょうどこっちに来るところだった。
目が合って、少しだけ笑う。

「何焼いたんだ?」
「レモンタルト。ちゃんと甘さ控えめですぜー」
「流石、分かってらっしゃる」

菓子作りは苦手だと言っていたけれど、イプやホテルのシェフに作り方を教わって、腕を上げたらしい。
材料をきちんと量らずに、適当に入れていたのが今までの失敗の原因だったっていうから、
何でそれまで気付かなかったんだってくらいに簡単な話なんだが。

白身魚のクラッカーをつまんで、口に入れる。
淡白な白身の味に、軽く振ってあったらしい塩がよく合っていて、美味い。

「先生。つまみ食い禁止ー」
「ん、美味いよ、さすがファー」
「褒めてもダメ。大人しく座ってなさい」
「はーい。まだ何か作ってるのか?」
「んー、ドレッシング。何か足りない気がするんだけど…はい、味見ー」

ドレッシングを付けて、ファルはひとさし指を差し出した。
ぱくり、と指ごと舐めると、美味いことは美味いんだが、確かに何か足りない気はする。

「何が足りないのかな」
「オレに分かるワケないでしょ」
「んー…」

調味料に目をやって、ファルは小さく首を傾げた。

「ちょっと辛味と香りが足りないのかな。胡椒…でいいかな」
「あ、ソレかもな」

捕まえたままの手のひらにキスして、舐める。ひくん、と手が反応した。

「ちょ、せんせ」
「腹へって気失いそう…ファーでも食べなきゃ、保たないよ…」
「却下ー。はい、出来たからゴハンにしよ、ね」
「はーい、いただきまーす」

向かいの席にファルが座るのを待って、手を合わせた。
ビーフシチューをひと匙掬って口に入れると、まろやかな味が広がる。
元々ビーフシチューは好物だったけれど、ファルの手作りを食べ始めてから、もっと好きになった。

今でもファルの料理の腕は上がり続けていて、それが少しでもオレの為だったとしたら、
それこそ気が狂いそうなほど嬉しくなる。

パンを千切って口に運ぶ。
ふと、不安げに見詰めるファルの視線。スプーンを持った手も止まってる。

「ファー?」
「ソレ、美味しい?」
「あ?パンか?ああ、美味いけど…?」

優しい香りが柔らかく鼻を抜ける、ふわふわのパン。焼きたてなのか、まだ温かい。
…ん、温かい…?

いつもキャンプを張るこの場所の近くには、パン屋はない。
一番近いパン屋でも、かなりの距離がある。その日に買っても、帰るまでには冷めてしまうくらいに。

「もしかして、これ…ファーの手作りか?」
「ん…昔は母さんと一緒に、時々作ってたんだ。先生、焼きたて食べたいって言ってたから…」

そう言ってファルははにかんだから、きゅんと胸が苦しくなる。
そりゃ、この間ふとそんな事を言ったけれど…まさか、ここまでしてくれるとは思わなかった。

時々、本当は一方的にオレがファルを好きなだけで、ファルはそれに付き合って
オレを好きなフリをしてくれてるだけなんじゃないか、なんて思ったりする。

なのに…こんな。滅茶苦茶嬉しい。
愛されてる、なんて…自惚れても、いいかな。

「ファー、明日は休みだったよな」
「え?うん。何で?」
「お礼、ちゃんとさせて貰うからな」
「へ?何の―あ、パン?いいよ、そんな。先生が喜んでくれるだけで、充分嬉しいし」

また可愛いことを…。誘ってるとしか思えないんだが。

「ダメ、却下。…今夜はゆっくり楽しもうな」
「……!!」

一瞬遅れで、ファルの顔が真っ赤に染まる。
腰を浮かせて、テーブル越しに唇の横にキスをして、オレは笑った。


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非公開でコッソリ書いてる、島を出た後の妄想短編を島内設定で書き直…どうでもいいか。
美味しそうな描写に挑戦してみたかっただけです、はい。