◆狸牛/room

「無理」
「大丈夫だって。いいだろ?」
「何もかもが無理です」
「ファー」

いつになく食い下がる先生の手を軽く払いのけて、おれは溜め息をついた。

他の皆がそれぞれの理由で外泊中で、ホテルに残ってるのは、おれと先生だけ。
もちろん他のフロアには人がいるけど、このフロアに限って言えば、妙に静かで落ち着かない。
だから、先生の部屋に来ないかって言う誘いに甘えたんだけど…失敗だったかも。

「話それだけ?明日早いし、部屋戻るね。おやすみ」
「待ちなさい」

立ち上がった腕を引かれて、座ってたベッドに引き戻された。
ちょっとムッとして睨んでみても、先生は怯みもしない。

今考えるとどうかと思う方法で告白されて、気が付いたらおれも先生のことを好きになっていて、
ちょっと妙な感じがするけど、そういう関係になって…初めて気が付いたことがひとつ。
すごく大人なひとだと思ってた先生は、けっこう子供っぽくて、甘えたさんで、ついでに我侭さんだった。

「無理ですってば」
「恋人同士なら、ごく自然な事だろ」
「島を出た後なら、考えてもいいけど…とにかく、今はダメ」

立ち上がった体を、また無理矢理引き戻されて、ベッドに仰向けに倒れこんだ。
そこまでされれば、さすがにムッと来るとかいうレベルじゃない。
ホントにアタマに来て、抗議するために息を吸った。

だけど、言葉は出なかった。
先生の整った顔があっという間に近付いて、唇が重なった。

言葉を出しかけて開いていた口に、先生は当たり前のように侵入してくる。
押しのけようと伸ばした腕は、すぐに先生の手でベッドに縫い付けられて。
蹴り飛ばそうとする足は、馬乗りになった先生の足に完全に封じられていた。

普段は格好よく映る余裕たっぷりの動作も、今はただ、腹立たしい。

「っは、っ…バカ、さっさと放―んぅ」

言いかけた言葉ごと、また先生の唇に封じられる。
体格では負けていて、腕力も大差無くて、ついでに体勢はこの上なく不利。
この状況から脱出する方法なんて、おれの頭じゃ思いつけるワケもない。

無言で見下ろす先生の無表情に、かすかな恐怖を覚えながらも、思いっきり睨んでみた。
というか、それしか出来ないというか。

「懲りないな、お前。前にもそうやってオレに逆らって、酷い目に遭ったのに」
「無理だから無理だって言ったんですけど」
「無理じゃない」
「先生は平気でも、おれは…って、ちょっ、せんせっ…」

今日はもう出掛けないからって、ネックの広い服を着ていたのを思いっきり後悔した。
わざとらしく音を立ててキスをする先生の髪が、首や耳をくすぐる。
背中に走る感覚、これはちょっとマズい。

「待って、分かったから待って!冷静に話し合おうよ、ね!?」
「………」

無言ながらも、先生の動きが止まった。
体を捩っても押さえつける手を放さないあたり、黙って逃がしてくれる気はないらしい。

そもそも先生が勝手なこと言ってるのに、何でおれが譲歩しなきゃいけないんだ。
でもそれを言ったら余計に機嫌損ねるだけだから、黙っておくことにした。

「ええと、どうなってそういう考えになったんですか。突然すぎると思うんですけど」
「…ラヴィとイプとキャーが、フォウ先生のキャンプに泊まったんだって」

主催側がトレジャーハンターに貸し与えてくれたのは、ホテルの一部屋と、外でも寝泊りできるキャンプ。

ラヴィたちは、このフロアに部屋を持つ8人の半数を占める、女性陣。
そういえばこの間、4人でフォウ先生のキャンプに泊まるーって、ラヴィが喜んでたような。

「それとこれと、どう関係が」
「ダブルベッドをふたつくっつけて、4人で寝たんだって」
「だから?」
「オレもお前とくっついて寝たい」
「…………………」

真剣な顔でアホなこと言ってる先生に、言葉どころか、溜め息すら出てこない。

普段はライオの悪ふざけやキャーの冗談を、大人らしい余裕で軽ーく受け流すような人なのに…
コレが同一人物だとは思えないんですけど…。

「とりあえず、そこまでは判った。けど、何でそれが急に"同じ部屋に住みたい"になるんですか。
 ラヴィたちみたいに"キャンプで一泊"でいいじゃない、ライオたちも誘って――」
「お前とふたりっきりで寝たい」
「…ふたりでキャンプね、判った、付き合うよ。だから同じ部屋に住むのは諦めてください」
「やだ」

手首を押さえつけられていなかったら、ボディブロー1発くらいは確実に打ち込んでた。
怒鳴りたいところだけど、深呼吸して、笑顔を取り繕った。

「だから、島を出た後なら考えるから。ここじゃ、皆もいるんだし。ね?」
「やだ」

片手だけでも自由だったら、サングラス奪って窓から放り投げてた。
あーもう、誰かこの人なんとかしてください。

「キャンプじゃダメ?何で?ゴハン作るよ?デザート付けるよ?ツボ押しマッサージするよ?」
「前にオレのキャンプに泊まった時、お前、人にボディブロー食らわせて失神させた上、ソファで寝ただろ」
「……あ、あはははは。そうでしたっけ?」
「それでオレは悟った。一泊や二泊じゃ、お前は何とかして逃げようとする。
 だったらいっそのこと同室に住んでしまえば、チャンスも自ずと多く訪れるワケだ。まさに一石二鳥」

何のチャンスかなんて聞きたくないから、触れないでおくことにした。

「一泊でも二泊でも逃げないから、今回は諦めてください」
「ホントに?絶対?」
「そのかわり、くっついて眠るだけ、ね。ヘンなことしたら訴えてやる」
「…………」
「何ですか、その無言は」
「………、いや、何でもない」
「とりあえず、放してくださ…って、ちょっ、何――」

端整な顔がにっこりと笑って、近付いた。首筋を這う濡れた感触に、背中に妙な感覚が走る。
油断していた両手は、頭上で先生の利き手に完全に封じ込まれていた。

「キャンプでダメなら、いっそ今――っていう選択肢もあるワケだよねぇ、ファルくん?」
「あああありませんっ!というかそういうコトはちゃんと順を踏まえた上でもっと雰囲気とか場所とか考え」
「花も恥じらう少女じゃあるまいし。男なら潔く観念しなさい」
「お、男ならこんな姑息な手段使わず、もっと自然に陥落させてくださいっ」
「先生切羽詰ってるから、今は姑息でも何でもいいや。いただきまーす」
「ぅわ、わ、判った、相手する、するから放して!」
「殴って逃げる気か」
「そ、そんなこと…えっと、その…おれも、先生に触りたいなー、なんて?」

先生の動きがぴくりと止まった。
言い訳を探す間と泳ぐ目が、照れにみえた…のかどうかは知らないけど、先生は笑って体をずらしてくれた。

「あの…せんせ?」
「ん?」
「……ごめんなさいっ」

さすがにちょっと痛む良心を無視して、先生の鳩尾に拳を叩き込んだ。
ベッドに倒れこんだ体に毛布をかけて、サングラスは先生の顔から外してサイドボードに置いて、脱出。

自室も鍵はかかるけど、先生は口が巧いから、管理側に頼んで鍵を入手する可能性もある。
今夜はどこかにキャンプ張ろう。



島に入る時に腕に取り付けられた結晶の機能のひとつ、"友達登録"が災いして、
ついでにキャンプへの侵入制限を忘れていたのも災いして、
結局酷い目に遭うのは…それから数時間後の話だった。


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たまには険悪な狸牛を…と思ったんですが、ダメでしたorz

年齢制限作品置き場作りたい気もするけど、この鯖禁止なのよね…(笑
更新頻度も自信ないしなぁ…削除期限緩いブログとか無いかしら。