◆龍牛/sweet

バンダナを外して柔らかい草の上に落とすと、ぺそ…ペットのブルーペンギンがその上に転がった。

小さな森の奥に、少し開けた日当たりのいい場所がある。
木と草と太陽の光以外には何もないけれど、おれは何となくこの場所が気に入ってる。

ゆるやかな風が気持ちよくて、ぺその横に転がって目を閉じた。
陽の光の暖かさ、草木の匂い、森の音。
今は無い故郷を思い出させる空気は、温かくて、けれど少し寂しい。

「…ファル」

落ち着いた声に目を開けると、蒼い目が目の前にあって、ちょっとビックリした。
心配そうな目してる、倒れてるとでも思われたのかな。

「あー、えと…い、生きてまーす」
「…ああ」

短くそう答えて、リュウはおれの横に座った。
足音も気配も気付かなかったんだけど…もしかして、リュウって凄い人なんじゃ。

いつの間にか、ぺそはバンダナに包まって眠ってる。

「…ファル」

呼ばれて、ぺそに向けていた視線をリュウに向ける…前に、お菓子を手渡された。
いつの間にどこから取り出したのか、リュウは茶色の紙袋からゴソゴソとお菓子を出しては、
どんどん手渡してくる。

「あ、あの…リュウ…?」

持ちきれなくなった分が、ぽこぽこ落ちてるんですけれど…。
最後に紙袋を逆さにして、ぽこんと草の上に落ちた二つの紙パックの紅茶を手に取って、
ようやくリュウの動きが止まった。

手渡されるままに受け取っちゃって動けないおれの腕の中、お菓子の山の頂上に、
リュウはそっとミルクティーの紙パックを乗せて、満足そうに頷いた。

「食え」

食えって…動けないんですけれど…。

「…菓子は嫌いか?摂取しているのを見たことがあるような気がするものを選んできたんだが…」
「せ、摂取?…あ、や、そうじゃなくて…動いたら、崩れそうで」
「落下程度で被害を被るようなヤワな菓子は購入していない。安心して崩せ」

だったらどうして積んだんですか…。

ぺその上に落ちないように気をつけて、腕いっぱいに積み上げられたお菓子を草の上に置く。
チョコやクッキーに混じって、お湯を注ぐだけのインスタントココアや、手作りクッキー作成セットの箱。
判ってて買ったのかな。適当?

手を付けずに眺めているのを訝しく思ったのか、ストレートティーの紙パックにストローを刺しながら、
リュウが真顔でもう一度言った。

「食え」

…餌付け?

「い、いただきます…」

チョコチップ・クッキーの箱を開けて、一口かじる。
いつもの無表情でガッツリお菓子選んできたのかな。想像すると、ちょっと面白いかも。

リュウもおれが開けたクッキーを一枚かじって、すぐに整った眉を寄せて紅茶を飲んだ。

「…甘い」
「あれ、甘い物、苦手だっけ?」
「お前が作る方が美味い」
「あー、砂糖控えめにしてるから…。ラク先生が甘い物苦手だし」

理由はわからないけど、ラク先生の名前が出たとたん、リュウはあからさまに顔をしかめた。
先生とケンカでもしてるのかな。そういえば、この間もアロー撃ち込んでた気が…。

「ヤツの為だけに…?」
「へ?あー、ううん、キャーもカロリー少なくなるように作ってーって言ってたから」
「…なら、いい」

納得したように頷いて、リュウは食べかけのクッキーを難しい顔で口に入れ、紅茶で流し込んだ。

「…紅茶も、淹れたほうが美味い」
「あはは、そうだねー。今度お茶するときは、クッキー焼いて、紅茶も用意しよっか」
「…ああ」

また短く答えて、リュウが少しだけ笑った。
元々あまり笑わない人みたいだけど、最近は時々笑顔を見せるようになった気がする。
皆で話してる時も、気がつくと微笑を浮かべてたりするし。
声を出して笑う日も、そのうち来るのかな?ちょっと想像できないけど…。

リュウが大笑いする様を想像してみたりしてたから、目の前の風景は見えてなかった。
頬を撫でる温かい濡れた感触に、急に現実に引き戻される。
すぐ横、目の前にリュウの整った顔。

「…付いてた。クッキー」
「あ、ありがと…」

ええと、お湯で濡らしたハンカチ?
お湯なんて見当たらないけど、魔法でササッと出したとか?
本能が頑なに避けようとしている真実は、やっぱり追求しないほうがいい気がする。

お前は考え事すると他の機能が全停止するから、外では考え事はやめておきなさい。
ぼーっとしてて魔物に不意打ちを喰らった所を助けて貰った時の、ラク先生の忠告。

その言葉と耳をゆっくりと襲う濡れた感触に我に返った時には、
リュウに圧し掛かられるままに、柔らかい草の上に沈んでいた。

「な、なに、クッキー?付いてる?た、叩けば落ちるから」
「…理由が欲しいなら、それでも構わないが」
「な、なんの理由…ひゃ」

ハイネックのファスナーに伸びた手に咎めるつもりで触れたけど、
リュウは気に止める風もなく、そのまま胸元までファスナーを下ろした。
直に肌に触れた牙とウッドビーズのネックレスが冷たくて、思わず声を上げる。

すぐに口を押さえようとした手は、本人の性格を映したようなスッとした大きな手に掴まれて、
草に縫い付けられた。

端整な顔がまた近付いて、思わず顔を逸らしたけれど、今度は首筋に感触。
服の中までクッキー入るってどんな食べ方ですか!
そうツッコみたいけど、声を抑えるのに必死で、当然そんな余裕あるハズがない。

「ぅあ、ちょ、リュ…、ふ、ぁ…」

鎖骨のあたりをくすぐるように舐められて、アタマがぼーっとしてくる。
ワラにもすがる思いでぺそを見ると、ころんと寝返りを打って、規則正しい寝息を繰り返してる。
普段の戦闘中もぴーぴー鳴いてぱたぱたしてるだけだけど、本当にそれだけだけどっ…!

「んぁ…り、りゅ、うっ…待っ…」
「…嫌か」

傷付いたような目で、リュウは低く呟いた。
怒られた犬みたいなその表情には、過去に一度として逆らえた覚えが無い。

「そ、そういう問題じゃ…っ、ぁ、だから待ってって…!」

言葉を探してる間に、胸元を舐められて体が跳ねた。
途端にリュウが不敵な笑みを浮かべて、耳の奥に響く低い声で囁いた。

「…待てと言うような反応には見えな」
「うわああっ、ななな何言ってるんですかっ!前にも言ったけど外!ダメ!禁止!」
「…外のほうが反応が可愛」
「だっ、なっ…!だ、ダメ!とにかくダメ!」
「………」
「そ、そんな目で見てもダメですっ」

しょぼーん、って擬音が似合う顔をしていたリュウが、大きな溜め息をついて身を引いた。
諦めたのかな。

「なら…もう少し奥に行くか、キャンプか、ホテルに戻って」
「…何もしないでのんびりお茶するっていう選択肢は…」
「ない」
「…帰ってリュウの好きなサンドイッチ作ろっか。お茶も淹れるよ?」
「………」

あ、ちょっと揺れ動いてる?

また大きく溜め息をついて、リュウは無造作に腕に取り付けられた結晶に触れた。
目の前に見慣れたキャンプが出現する。

「…サンドイッチは明日。今はお前がいい。室内なら文句もないだろう」
「ぐ、ぅ」
「ペンギンは俺のペンギンとリビングで遊ばせておいて、ベッドルームに行けば」
「…もうちょっと、逃げ道用意してくれても…」
「断る。行くぞ」

言いながら浮かべた笑みに、不覚にも頬が熱くなる。
外気に冷えた手で頬を覆って、おれもリュウのように大きな溜め息をついた。


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[龍牛でお菓子ネタ]というリクエストを頂きました。
こ、こんなんなりましたがいかがでしょうか[壁]_・)