◆狸牛/横顔

「…ん?何だ?」
「あ、ううん。何でもない」

休日の昼下がり。
広いソファーに座って新聞を広げた先生の横で、おれはクッションに埋もれていた。

何となく先生の横顔を見ていたら、紫色の瞳が急にこっちを見たから、おれは慌ててしまった。
先生は不信そうに首を傾げて、少し眉を動かして、でも読んでいた新聞に目を戻した。

先生は、女の人たちが放っておかなそうな、綺麗な顔をしている。
中性的っていうのとは違うけれど、大人の男の色気ー!って感じの、凄く整った顔。

ふいに先生が新聞を畳んだ。
読むの、やめちゃうのかな。

紫色の瞳が、またこっちを見た。

「ファルくーん、おいで」
「?なに?」

先生の足の間に移動させられて、いつものように後ろから抱きしめられた。
先生に抱きしめられると、何だか凄く安心する。

けれど首にキスされて、服の裾から手が入り込んで、おれは慌ててその手を掴んだ。
先生を見上げると、不思議そうな顔。

「構って欲しかったんだろ?」
「…はい?何でそう思ったんですか」
「オレを見つめてただろ。誘ってたんじゃないのか?」
「先生のその思考回路、いまだに理解できないんですけど…」

溜め息混じりに言ったら、先生は奇妙そうな、複雑な顔をした。

「じゃ、何で見てたんだ?」
「…迷惑?」
「迷惑って程じゃないが、気になるだろ。誘ってるのかと思うし」

誘ってないってば。
でも、見ていられると気になるってのは分かるかも。おれもこの派手な赤毛のせいで、よく見られるし。

言い難い理由だから答えたくないんだけど、先生は返答を待つ姿勢でいる。
先生は妙なところでカンがいいし、オレはそういうの得意じゃないし…誤魔化せないよなー…。

「…その…先生の横顔、綺麗だなーって思って…」
「見惚れてた?」
「んー…大人っぽくていいなーって」
「見惚れてたのか」

自分のデザインを把握してるんだろう、先生は照れるでもなく笑った。
くしゃくしゃとおれの頭を撫でる手は大きくて余裕で、やっぱりちょっと羨ましい。

「ファーの横顔も格好いいぞ?」
「は?先生、大丈夫?疲れてるんじゃない?」
「なんていうか、真っ直ぐ前を見てる感じがな。凛々しいというか、男前?」
「あはは、そんなん言われた事ないよー」
「ホントだって。お前を甘く見てる連中も、あの顔は見るべきだな」

アホなこと言って大袈裟に頷く先生の顔は、それでも変わらず整ってる。
こんな人を独り占めしていいのかなって思うけれど、先生がいいって言ってくれるから、凄く嬉しい。

「せんせ?」
「ん?」

サングラスを奪って、そっとキスしてみた。
ちょっと触れて、気恥ずかしくて、すぐ離れた。

「…やっぱり誘ってるだろ」
「誘ってない」
「一回だけ。優しくするから」
「…絶対?」
「ああ」

先生の綺麗な顔が近付いてきて、おれは目を閉じた。


←前の話 次の話へ→

戻る


懲りずに甘々バカッポー小説・牛視点編。
はいはいごちそうさま(´д`;)って感じですね…orz