◆狸牛小説/雨音◆

今日は雨。

雨は嫌いだ。濡れるから。
ホントにそれだけかって?ホントですよ、暗い過去も重い理由もなくて、すみませんね。

だって傘さしても濡れるってのに、戦闘だの穴掘りだのしたら、もっと濡れるじゃないか。
濡れたら冷えるし、服は張り付くし、髪は崩れるし、最低かつ最悪ですよ。

そんな中、平気で飛び出していく連中の気が知れない。
気が知れないが、実はホテルに残る者のほうが少ないから、これまた不思議な話だ。



退屈しのぎにロビーに出た時に運良く捕まえたファルを巻き込んで、
雨が嫌いなオレは、大人しく自室でのんびり過ごすことにした。

どこだかに行くつもりだったとか、人の都合考えろだとか、しばらくファルはぶちぶち言っていたんだが…
オレの部屋でペンギンを見つけたとたん、あっさり陥落しやがった。

つーかなにか、オレよりペンギンか。オレはペンギン以下ですか。

あっという間に懐いたオレのペンギンとぺそ、二匹を相手にして、楽しそうに笑ってる。
オレと二人っきりの時よりか、断然楽しそうなんですが。



まぁ、いい年してペットに妬くのも情けない話だし、ファルが嬉しそうだからヨシとした。
ソファーに身を沈めて、暇つぶしにと買っておいた雑誌をめくる。
目の端に映る、ベッドに座るファルの姿が、何だか妙にくすぐったい。

ようやく想いが通じたってのに、そういえばロクに二人になる機会、なかったっけ。

オレもファルも、それぞれこのフロアの住人達と仲がいい。
狩りだの探索だの護衛だのと、狩り出されない日のほうが少ないくらいだ。
互いに別の遠出パーティーに加わった日にゃ、最悪何日も顔を合わせない。

…あ、何だか切なくなってきた。

ページをめくる。
そこに載っている連載小説では、不治の病の少女とその彼氏が、短い幸福を満喫している。

ふと思いたって、オレは雑誌を適当に眺めながら、口を開いた。

「ファー」
「ん?」

「もし死ぬなら、オレより先がいい? 後がいい?」
「また縁起でもない質問を…先生、疲れてるんじゃない?少し寝たら?」

「授業中の私語は禁止ですってば。ほれ、さっさと答える」

授業中でも私語でもないのに、と文句をいいながら、それでもファルは真剣に考え込む。
生真面目すぎて笑えるが…無性に愛しい。

末期だな、こりゃ。

「…先生は、おれが先に死んだら、悲しい?」
「…縁起でもない事言うな、お前さん…」

「先生が話振ったクセに…」

そうでした。

「そうだな…悲しいってレベルじゃないだろうな…」
「じゃあ、先生より後がいいな」

「優しいなぁ、ファーは…先生、甘えちゃおうかな」
「あはは、いいよー。普通に考えれば、順番的には先生のが先だしねー」

"死"なんて重いテーマを、笑って話す。何だか変な気分だ。

「そういえば、ファーは―…いや」

聞きかけて、言葉を飲み込んだ。きっと聞かれたくないだろう。
―両親と故郷を失った時、ファルはどうだったのか。

続きを待つ姿勢なのだろう、ファルが首を傾げた。
仕方が無い、か。これからは、もうちょっと気をつけよう。

「あー…答えたくなかったら、答えなくていいからな?」
「うん」

「ファーは…どうだったんだ?その、故郷を失くして」

「んー…当時は、どうしようもなく辛かったけど。
何を失ったとしても、失ったら失ったで、けっこう何とかなるものだよ?」

「経験談か?」

「うん。思い出すと辛いだけだったはずの記憶がね、少しずつ、懐かしいものになるんだ。
楽しかった事とか、嬉しかった事とか、優しかったものを思い出すと、温かくなるようになって…
そのうち、普通に笑って話せるようになったんだ。だから…」

「ん?だから?」
「おれは先生よりは多分大丈夫だから、死ぬなら後がいい」

そう言って、ファルは明るい笑顔を浮かべた。
強い。強いけれど…悲しい。

オレの知らない場所で、ファルが歩いてきた道。
その過程でファルが失って、傷付いて、泣いて―きっと、そうやって身についた強さだ。

…こればかりは、甘えるワケにはいかない。死ぬほど辛かろうとも、それ以上であろうとも。
仮定でも、雑談に過ぎなくても、譲ってはいけない。

「前言撤回。オレも後がいい」
「へ?何で?」

「お前、泣くだろ?」
「あー…うん、多分…」

「泣かせたくないし、お前は無理しそうだからな。残して逝くのは心配だ」
「ほー。先生って優しいねー」

「は?お前なぁ…この流れでどうなったら、そういう結論に辿り着くんだ?」

首を傾げて、きょとんとした顔で、ファルは紅い目をオレに向けた。
ぺそとペンギンは遊び疲れたのか、ベッドに埋もれて眠っている。

雑誌をソファーに放って、オレはファルの座るベッドへと歩いた。
頬を撫でて、額にキスをして、怖がらないようにそっと抱きしめる。

「先生…?」

染み付いた強さなら、何があっても、きっと揺らがない。
どんなに辛くても、自然な動作で乗り越えていくだろう。
どんなに傷付いても、多くの人に優しさを振り撒いて、笑ってみせるだろう。

それは素晴らしいことだけど。

「オレは、全面的にお前を頼りにしてるが」

素晴らしいことだけど、オレはファルの前方や後方に立つ者でありたくはない。
いつも、隣にいたい。支えてもらうだけじゃなく、支えたいから。

「オレは我侭だから、頼るだけじゃ嫌なんだ。お前も、オレを頼りにしてくれるかな?」
「頼りにしてるよ?」

「あー、いや…うん、まぁ、今はそれでいいか」
「何?せんせ、大丈夫?アタマでも打った?」

「打ってないよ、大丈夫。…愛してるよ、ファー」
「…うん」

外はまだ、雨が降り続けてる。きっと気温も低い。
腕の中のファルの体温を心地良く感じながら、オレは目を閉じた。



―こうして聞いてみると、雨音も悪くない。
ファルと一緒なら、きっとどんな音でも、幸福に響くんだろうけれど。


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タヌヌ視点は(ry
狸牛には甘さが足りない事に気付いたので、甘々路線で。

「もし死ぬなら〜」の元ネタは、どこかで見かけた100(?)の質問か何かだったかと…。