◆狸牛小説/名前◆

ヒロインのピンチに颯爽とヒーローが現れて、いとも簡単に窮地を救う。
驚くヒロインの細い肩をヒーローが抱きしめると、ヒロインは顔を上げて、瞳を閉じて―

二人の影が重なったところで、壮大な音楽と共にエンド・クレジット…ってなトコロか。

そして、もしその物語に続きがあったとするなら、二人は熱い愛を育んでいるワケですよ。
もちろん、お互いを甘い言葉と声で呼び合って。



遺産目当て(とも言い切れないのが妙な点だが)でこの島に滞在している人間に、
太っ腹な事に、宝探しの主催側が無料で貸し与えてくれたホテル。

その一角にある書物庫で、ファルは本棚にへばりついていて、オレはそれを眺めてる。

書物庫って言っても、外の世界にある図書館と、そう変わりはない。
島に関する資料や書籍もあるにはあるが、特に詳しいものでもないし、数も少ない。

そんなワケで、ここの利用者は、例の本好きふわふわ羊少女と、古文書大好き狐姉さんくらいなもの。

二人とも熱中型だから、興味のある本は自室に持ち込んでる。
ついでに二人とも真面目だから、ご丁寧に、持ち出した本のタイトルを書き置きしてあるし。
さらに丁寧な事に、返却予定日まで書いてありますよ。他に利用者がいるのかすら、怪しいのに。

綺麗な二種類の字が並んだメモを、無意識にぴらぴらと指先で弄ぶ。
ファルの青ペンギン・ぺそが短い手だか羽だかで、ぺふっとそのメモを挟んだ。

本を探してる間に踏まないようにと、ファルの手でぺそは机の上に置き去りにされた。
ファルが離れていくにつれ、ぴーぴー鳴くぺそが妙に気の毒で、仕方なくオレが相手をしているって話。

見慣れない場所で一人にされるのが不安なだけなのか、オレにも懐いてくれてるって事なのか…
理由は不明だが、とりあえずぺそは鳴き止んだ。

ファルは相変わらず、机から少し離れた本棚に張り付いている。
暇つぶしにと適当に引っこ抜いてきた本は、運悪く、甘ーい恋愛小説。

特に嫌いってほどじゃないが、恋人たちの甘い会話は、今のオレには少々キツい。
なにせオレの想い人は、ちょっとイイ関係になった今も、オレを『先生』って呼ぶんだから。

「ファー」
「んあ?何ー?先生」

んあ?は可愛いから許せるとして…いいんだよ、オレからしてみれば、可愛いんだよ。

「なあファー、オレのこと好きになったら、名前で呼んでくれるんじゃなかったか?」
「は?それより先生、あの本取って、届かないー」

爪先立って必死で手を伸ばす姿は可愛いが、それよりって、お前。

「名前で呼んでくれたら、すぐにでも飛んで行くんだけどな」
「じゃあいいや、イス使うし」

これですよ。

「あーあ、教師やめようかなあ…」
「へ?何で?」

「お前がいつまでも『先生』って呼ぶから」
「んー…先生じゃなくなっても、先生は先生だと思うけど」

これですよ。

「何でそんなに頑なに『先生』なんだ?」
「先生こそ、なんでそんなに名前で呼ばれたいんですか」

「オレとキミとの仲を、世間に知らしめたいから?」
「…………」

「冗談だよ。やっぱり好きな人には、ちゃんと名前呼んでもらいたいだろ。ただでさえ、オレ『先生』なんだし」

冷ややかな目で一瞥されて、オレは苦笑した。

ひとつ年上の狐のお姉さん、フォウ先生ですらオレを『ラク先生』って呼んでる。
すると当然、他の若者たちも、ふざけてタヌキだのタラシだの呼ぶ以外は、やっぱり『先生』。

仕方ないとは思うが、微妙に一線引かれたみたいで、少々寂しいものがあったりなかったり。
…いや、実のところ、そんなに気にはしてないんだが。だって職業教師だし。

「…あの…ごめん」

それでも予定以上に寂しそうに見えたのか、ファルが眉を寄せて、小さく謝った。

「別に、名前で呼ぶのが嫌なんじゃなくて…その、何だか恥ずかしいし」
「今なら二人っきりだぞ?」

「ぺそ、いるよ?」
「呼ばれたいんだ、お前に。名前で」

「…ラク、さん」
「はいダメ、"さん"は外そうねー」

ぺその視界内だから、少しくらい離れても大丈夫だろう。
机の向こう側、本棚の前に立つファルの元へ向かう。

両手でファルの頬を包んで、見下ろす位置の顔を少し上げさせて、額にキスを落とした。

「…ラ、ク…?」
「うん」

「や、やっぱりやだ、無理!ぞわぞわする!」

ぞわぞわってオイ。

「分かったよ、普段は『先生』でいいよ」

安心したように顔を上げたファルに、オレは思いっきり笑ってみせた。

「ただし、二人っきりの時は『ラク』な。ちなみにぺそは数に含まれません」
「えっ!?む、無理!」

「了承しないと、この場で襲うぞ?ちょうどいい机もあるし、人もめったに入ってこないし」
「ちょ、せんせ…待っ…!」

腰を抱いて首筋に顔を埋めようとすると、慌ててファルはもがき始めた。

戦闘能力はともかく、腕力だけなら、大幅に負けてるってワケでもない。
簡単に―とは言えないが、暴れる腕ごと抱きしめて、耳を甘噛みしたところで、白旗が上がった。

「うわ、分かった、分かったから放して!善処しますっ」
「善処じゃダメ、約束」

「う…せめて、先生の部屋でだけとか…もうちょっと範囲狭めてください…」
「仕方ないな、いいよ。じゃ、さっそくオレの部屋に行こうか♪」

ファルの首根っこと机の上のぺそを引っ掴んで、廊下へと出るドアへと身を翻す。
案の定、抵抗と共に抗議の声が上がった。

「うわ、ちょっと待っ…まだ本探して…」
「なーんでも先生が教えてあげるから、オレが一緒にいる時は、本は諦めなさい」

「自ら学ぼうとする意思を教師が断っていいんですか先生っ」
「その分、オレが優しく教えてあげるよ?主に一般常識と保健方面を」

「な、なんだか寒気がするんですけど…!」
「ちゃんと実技込みで教えてあげるよ、安心してついて来なさい」

「いいい色んな意味で安心できませんっ!」

手の中で、くりん、とぺそが首を傾げた。
…お前はオレの味方だよな、協力はしても、邪魔はしないし。

いつまでももがいているファルの手にぺそを渡して、エレベーターに乗り込んだ。

退屈を持て余した分、ちょっとだけファルに埋め合わせをして貰おう。
まだ見た事がない表情のひとつも見せてくれれば、すぐにでも許してしまうだろうけれど

←前の話へ 次の話へ→

戻る


タヌヌ視点(ry
狸牛小説「最初」の後日談的なものですが、単発でも大丈夫っぽいので別にした次第です。
PC牛の名前で気付かれる方は気付いてると思いますが、映画好きです(*ノノ*)