◆龍牛/甘言 

親しい人間に向けるそれと変わらない笑みを、最初から俺にも向けてくれた。
想いを伝える術を知らなくて、騙し討ちのような真似で、実力行使に出た。

今なら身勝手で愚かだったと思えるその行為さえ許し、俺に向ける笑顔も態度も、微塵も変わらない。
少ない言葉から意図を汲もうとしてくれるのも、触れられたくない部分を綺麗に避けるのも、変わらない。

己が望む事もほとんど口にせず、傍に居て煩わしい点は何ひとつない。

有難いハズなのに…それが時々、不安になる。



「ファル」

いつものように声を掛けると、ラクと話をしていたファルが、びくりと肩を揺らした。
振り返った顔には、珍しく不自然な笑みが浮かんでいる。

「あー、えと…ど、どうしたの?あ、お腹空い…」

談笑室の壁時計に目をやったファルの後頭部を、ラクが軽く小突いた。
ファルははっと気付いたように体を硬直させて、それから眉を寄せて息を吐いた。

「ええと…リュウ、何か用…ですか」
「…茶の時間だと思ったんだが」
「あ、うん。クッキーあるから、紅茶淹れ…」

再びラクがファルの頭を小突いた。

「あー…ええと…お茶…ど、どうしよう?」
「…クッキーがあるから、紅茶を淹れると今お前が言っただろう」

ラクが大きな溜め息を吐いて、ファルが困ったようにラクを見上げた。
ラクの手がファルの髪をくしゃくしゃと撫でて、耳元で何かを囁く。

…引き剥がして、アローの数本でもブチ込んでやろうか。

俺の腕が伸びる前に、ラクはファルから離れた。

「じゃ、先生はこれで」
「後でクッキー、届けるね」

届けなくていい。

ラクが背を向けても、いまだひらひらと振られているファルの手首を掴んだ。
いつものように手を引いて歩き出しかけたが、掴んだ手首に微かな抵抗が走る。

「あの、自分で歩けるから…」

自分の腕を庇うように胸に引き寄せて、ファルは俺を見上げている。暗に放せ、と言っているんだろう。
二の腕を掴んで歩き出す。また抵抗。振り返ると、ファルは眉を寄せて俺を睨んだ。

「掴まなくても、逃げないから。放して」

声にも瞳にも、気迫も怒りも感じない。

放っておくと、ファルは他人の言葉や誘いにいちいち足を止めてしまう。
それを防止する為に手を引いて俺が先立って歩くのは、いつもの事だ。それを今更。

「ラクにでも、何か言われたか」
「…、…そういう、ワケじゃ…」

言葉にも態度にも戸惑いを露(あらわ)に、紅い瞳が気まずそうに逸らされる。
二の腕を掴んだ手を解くように促したつもりか、ファルは無言で微かに身を捩った。

ホテルの廊下は人気もなく閑散としているが、いつフロアの住人が通るかは分からない。
いくら理解力のある連中だとはいえ、好奇の目に晒されるのは、はっきり言って好ましくない。

…面倒くさい。

「え!?ちょっ…」

しゃがんで腰と太腿に腕を回して、抵抗する隙も与えずに肩に担ぎ上げた。
体格に見合った重み、移動に支障はない。

「うわ、高っ…下ろして、荷物じゃないんだから!怖いよ!」
「怖いなら暴れるな。しがみ付いてろ」

俺の肩に乗っていた手が、ぎゅっと服を掴んだ。

近いのはファルの部屋だが、ファルの部屋は時折皆の溜まり場になる。俺の部屋のほうが落ち着く。
ファルの部屋を通り過ぎて、自室のドアを開けた。

「あの…リュウ?クッキーも紅茶も、おれの部屋なんだけど…と、とりあえず…下ろして?」
「何を言われた?」
「…な、何も…」

言い淀む声は、明らかに戸惑っている。

これのウソを見抜けなかった試しは無い。ラクに何かを言い含められたのは確かだ。
かと言って、問い詰めてもおそらくファルは答えない。

他のヤツならアローの2,3本も叩き込んで吐かせるが、ファルには攻撃魔法を撃ち込む気など起きない。

「うわっ!?」

担いでいたファルの体をベッドに放って、閉めたばかりのドアへと向かった。

「…リュウ?どこに」
「そこで大人しくしていろ、すぐに戻る」
「あ、お茶の用意…」
「聞こえなかったか?」
「お、大人しくしてます…」
「よし」

不安げに見上げてくるファルの額にキスをひとつ落として、部屋を後にした。

斜め向かいのラクの部屋のドアを叩く。間の抜けた返答に、ドアを開けた。
ラクはサイドボードに向かって、何やら書類を弄っている。

「どちらさんですかー…って、あらら、珍し」
「マジックアロー」

放ったアローは弧を描いて、綺麗にラクに突き刺さった。短い叫び声。
手加減した上に、魔力を増幅させるアクセサリや杖は所持していない。致命傷どころか、掠り傷程度だろう。

…多分。

「なっ、おまっ、いきなり何をっ」
「ファルに何を吹き込んだ?」
「やだなぁリュウさんってば、突き込んだなんて…はしたなくってよ?」
「…いい度胸だ、あの世で後悔するがいい」
「じょ、冗談ですってば!吹き込んだね、吹き込んだ。何も吹き込んでなくってよ?」
「…マジックアロー」
「うわっ!危なっ!」

ギリギリで避けられたアローは、壁に当たって霧散した。目標物以外には効果がない、微かな跡も残らない。

「拘束した上でアローとリカバリーを交互に…」
「どんな拷問ですかソレ…」
「嫌なら吐け。ファルに何を吹き込んだ」
「どうしてオレに聞きに来たんだ?ファルは?」
「あれに聞くより、お前のほうが早い。アローも使える」
「ひっど…わ、分かった分かった、吐きます!吐けばいいんだろ、全く…」

魔法の詠唱をしかけると、ラクは慌てて両手を上げた。
不服が顔に思いっきり出ているが、大人しく吐くなら問題ない。

「ならば、さっさと答えろ」
「…お前さんを甘やかしすぎじゃないか、って言ったんだよ。
 ファルが意図を察してくれるのをいいことに、お前さん、必要最低限も話さないだろ。
 だから、もう少し自分の言葉で意思表示させるようにしたほうがいいって言ったワケですよ。お分かり?」
「…マジックアロー」

叫び声。今度は当たった。

「次からは直接言え。分かったな」

何か文句らしき言葉を呟いているラクを無視して、ラクの部屋を後にした。

珍しく反抗的だったのは、それが原因か…余計なことを。
自室のドアを押す。すぐ前にファルが立っていた。

「び、びっくりした…お、おかえり」
「…どこに行こうとしていた」
「あ、あの…なかなか戻ってこないから、お茶の準備しておこうかなーなんて…」
「大人しくしていろと言ったハズだが」
「や、でも、ちゃんと戻ってくるつもりだったし…うわ、わ、リュウ!?」

横抱きに抱えて、再びベッドに放った。そのまま押し倒して、四肢を押さえつける。
ひとしきり抵抗した後、ファルは息を吐く。それもいつもの事だ。

「ラクに聞いてきた」
「へ?何を…あ」

ようやく思い当たったらしく、ファルは眉を寄せて目を逸らした。

「お前はそのままでいい、余計なことを考えるな」
「…リュウが誰かに悪く思われるの嫌だし、リュウ自身だってそのうち困るかもしれないし…」
「…なら、そう口で言え」

大きな紅い瞳が、きょとんと俺を見上げた。

「言えって…いいの?リュウ、そういうの…」
「お前の言葉なら、ある程度我慢もする気になる。度が過ぎれば、体で分からせるだけだ」
「す、すごく匙(さじ)加減ムズかしそうなんですけど…」
「簡単だろう。お前は察するのが上手い」

何かを言いかけた口を唇で塞いで、思う様に味わう。
ゆっくりと衣服を剥いで、羞恥に染まる肌と緩い抵抗を楽しむ。

やがて諦めたように弛緩していく体は、まるで捕食される獲物のようで。

「あ、お茶…」
「今日はお前でいい」

熱の混じった吐息と共にぽつりと洩らした言葉さえ両断して、力の抜けきった体をなお押さえつける。
その理由は分からなくても、逃げる気も、本気で抵抗する気もないのは知っている。

これを誰かにくれてやる気も、簡単に手放す気もない。だから必要以上に押さえつけ、自由を奪う。
己が誰の物なのかを、深層に刻み込む為に。

「うあ、リュウっ…い、痛い、噛まないで」
「そのうちよくなる」
「そんな…ふ、ぁ」

首筋に付いた歯型を慰めるように舐めれば、俺のそれよりもひと回り小さな手が震える。
甘やかされている自覚はあるし、それに甘えているのも事実だ。

「他で気を張っている分だ。お前の前くらいは…許せ」
「え…?な、に…、んっ、ふぁ…」

獲物の感触を存分に味わう為、言葉を脳内から締め出して、俺は深く体を沈めた。


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弱肉強食を全面に押し出してみましt(#`Д)=○)´Д)、;'.・