◆狸牛/プレイ

「んーと、"ワンペア"?」
「どれ?ああ、うん。6のワンペアだな。オレはJのワンペアだから、オレの勝ち。そろそろ覚えた?」
「んーと、ワンペアとツーペアとスリーカードは覚えた」
「…まぁ、うん、偉い偉い」

今日は朝から雨、雨天の外出が大嫌いな先生が暇潰しにと広げたのは、手品に使ってるトランプだった。
手品用と言っても、ごく普通のプラスチック製トランプで、タネも仕掛けもない…らしい。

「んー、全然勝てないなー」
「何か賭けてみるか?負けたほうが言うことを何でも聞く、とか」
「…変なことは聞かないからね」
「何ですか、その自分が負ける前提発言は」

スッとした綺麗な手が、器用にトランプを切る。

ルールを教わりながらポーカーを始めて30分、順調に全敗記録更新中だ。
表情から相手の手の内を察する…って言われても、おれはそもそも役すら理解できてない。
手持ちのカードが表情に出てるとは思えないんだけど。

配られたカードから、適当に数枚捨てて、貰ったカードを捲る。

「わー、全部同じマークだー」
「ん、フラッシュか?」
「分かんない」

テーブルの上に5枚のカードを置くと、先生は苦笑した。

「ロイヤルストレートフラッシュ…お前さん、なんつーか…凄いな」
「何それ、紅茶の名前?」
「一番強い役だよ。クラブだから、スート…あー、4つのマークの中では一番弱いんだけど」
「ほー。んーと…わーい、勝った勝ったー?」
「疑問系かよ…それじゃ次行くか次」
「あれ?何でも言うこと聞いてくれるんじゃないの?」
「ちっ…覚えてたか」

先生が指先で弄っていたカードが、ぽふんと音を立てて造花に変わった。

「ええと、何にしようかな…」
「添い寝とか添い寝とか添い寝なんてオススメだぞ?」
「…あ、じゃあ、敬語」
「はい?」

眉を寄せて妙な声を出した先生に、笑ってみせた。
おれが優位に立つことなんてほとんど無いから、なんだか変な感じかも。

「今日一日、先生タメ口禁止ー。敬語使ってください」
「敬語ねぇ…何でまた」
「聞いたことないから」
「そりゃまぁ、上司いないしねぇ。了解、今日一日敬語な。で、ポーカー続けます?賭け続行で」
「やだー」
「うわ、勝ち逃げですか。…ちょっといいでしょうか?」

トランプをテーブルに置いて、先生が立ち上がった。
腕を引かれるままにベッドに座ると、先生はにっこりと笑った。

「…へ!?ちょ、ちょっと待っ…何!?」

圧し掛かられて押し倒されて、慌ててもがくけど、先生は変わらずにこにこしてる。

「敬語指定はされましたが、別に"襲うな"とは言われてませんよねぇ?」
「…ええと、まだ午後2時なんですけど」
「愛の前には時間もひれ伏すんですよ、知りませんでした?」

な、なんですかこの圧迫感は。
言ってる事は普段と変わらないのに、妙に怖いんですけど。

「で、でもホラ、ポーカーの続きは?」
「断ったのは貴方ですよ。それに、こっちのほうがゲームより楽しいでしょう?」

耳元で囁くいつもより低い声に、頭の芯が痺れる。
なんとか脱出しないと、流されちゃう。

服の裾から侵入しかけた先生の手を片手で掴んで、近付いてきた顔をもう片手で防いだ。

「え、えと、あの、そ、そういう気分じゃないんで勘弁してください…」
「ファーの場合、そういう気分になる事が無いでしょう。大人しくなさい、すぐに気持ちよくしてさしあげますから」
「いいい、いらないっ、余計なお世話ですっ」
「私が、欲しいんです」

言い切って、先生はまたにっこり笑った。
普段以上に余裕が浮かんで見える笑顔が、はっきり言って物凄く怖い。

首筋をゆっくりと先生の唇が撫でて、変な感覚が走り始める。
声を殺す為に、先生のシャツをぎゅっと握った。
先生の笑顔が近付いてきて、唇が重なる。わざとらしく音を立てて、それが離れる。

「…抵抗、しないんですか?」
「すれば、逃がしてくれる?」
「いいえ、逃がしません。でも、実は抵抗されるのもけっこう楽しいんですよ」
「は?」
「屈服させるのも楽しいし、反抗的な目も心地良いですし…感覚に流されて抵抗が弱まっていく様子も」
「そ、そんな事…バカ!変態教師!たぬきー!」
「もう少し気の利いた憎まれ口を叩いてご覧なさい、痛くも痒くもないですよ」

元々饒舌な先生に、おれなんかが口で勝てるワケがない。
苦し紛れに睨んでみても、先生は変わらずにこにこしてる。

今まで何度も逃げてきたけど、さすがに最近は押さえ方を掴んだらしく、一度押し倒されると手も足も出ない。
外したサングラスを、先生はゆっくりとした動作でサイドボードに置いた。

本気だ、どうしよう。なんとか逃げなきゃ。

「…あの、せんせ?諦めるから…放して欲しいなー、なんて」
「抵抗を諦めるだけで、逃げるのは諦めないんでしょう?貴方の手口はそろそろ掴みました、観念なさい」

服越しにゆっくりと腰を撫でる手に、耳をくすぐる舌に、体が熱くなる。

「ふ…、っ…、待っ…ポーカー勝ったのに、何でこんな目に」
「詰めが甘いのが元凶ですし…自業自得、でしょうね」

笑って言いながら、先生の手は止まろうとしない。
身体を走る感覚に、ただでさえ回らない思考が余計に鈍っていく。

「ほら。言ったとおりでしょう?貴方はすぐに感覚に流されて、抵抗を忘れるんですよ」

鮮やかな笑顔には、これでもかっていうほど余裕が表れてる。
むしろ、いつもより調子が上がってるような…。
もしかして、敬語が好きとか?

「というか…そもそも"手出し禁止"とか考えつかなかったんですか?」
「あ…じゃ、じゃあ、敬語取り消しで手出し禁止で」
「そのご要望にはお応えしかねます。というワケで、いただきまーす」
「ぅあ、やっ…」

いつもよりも穏やかな手が、温かくて気持ちいい。
先生が優しい笑みを浮かべたから、ただでさえ萎んでいた抵抗心が、見事に一気に消えていく。

「…今回だけ、今後は昼間は絶対に禁止」
「かしこまりました、ご主人様」

辛うじて嫌々を装った返答に、不敵に笑う先生の姿は不覚にも格好よくて…顔が熱くなる。
我ながら甘いし弱いってつくづく思うけど…反省と対策はまた今度にしよう。

緩やかに忍び寄る感覚に目を閉じた、その瞬間。

乱暴に開けられたドアが跳ねる音と、元気な声が部屋に響いた。

「たーぬせーんせー!ファル来てない…って…お邪魔だった?でもまぁ、真っ昼間から盛ってる方が悪いよなー」

飛び込んできたライオに、先生はおれにシーツを被せて、不機嫌そのものの顔で腕の結晶を起動した。

「…あ、リュウさん?昨日お前さんのガトーショコラ食ったの、ライオだとさ。今オレの部屋に…」
「なっ…先生だって一口食ったじゃん!ちくしょー、大人って汚ぇ!」
「今オレの部屋から出た、食堂の方に行ったみたいだぞー」

ライオの足音に続いて、一足の幅の大きい足音が遠ざかっていく。
全然知りませんって顔してたけど、リュウのガトーショコラ食べたの、やっぱり先生とライオだったんだ…。

結晶を閉じて、何事もなかったように先生が笑った。

「さて、邪魔が入っちゃいましたけど…続きに戻りましょうか」
「却下。リュウへの通信、敬語じゃなかったよ?嘘つきー」
「…いや、それは。つーかお前さん相手限定じゃなかったんデスカ?」
「一日敬語ってしか言ってない。却下ー」
「いやいやいや、なんていうか頭では納得出来ても、カラダのほうがですね」
「知らない、却下ー。じゃあ、そういう事で…うわ!?」

起こしかけた体を引き倒されて、体勢は元通り。
嫌味なくらいに整った先生の顔が、目の前で笑ってる。

「うーん、非があるのは明らかにオレですし、仕方ないですよねぇ。仕方ないから…力ずくで頂きます」
「は!?何バカな事…」
「おやおや。先生に対して利く口じゃありませんね…」

お仕置きです、と耳元で低く囁いた悪戯っぽい声に、眩暈がした。


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重い話が続いた分、バカ軽い話をと思ったんですが…やりすぎた感が否めない。
敬語ってイイですよね!(脱兎

2007.9.