◆狸牛/ぐつぐつ

「ねーぇ、ファールくーん。先生、オナカ空いちゃったー」
「ふーん。で?」
「ファルくんの特製煮込みハンバーグが食べたいな。作って?」
「イヤです」

にっこりと笑いながら、ファルはキッパリと言い放った。
相当怒ってる。これでもかってくらい怒ってる。かつてないほど怒ってる。

「あ、ファルー!」

ぶんぶん手を振って走ってくるのは、いつも元気なライオさん。
あーあ、とばっちり食らいに来るとは、ざまぁみさらせ…もとい、お気の毒に。

「ななな、もう昼済んだ?」
「まだだけど…」
「やった!ライオさん煮込みハンバーグ食いたい、作って〜!」
「煮込み?時間かかるよ?」
「ガマンする!つか手伝う!実は材料買ってきた!」
「買ってきたって…断ったら、ソレどうするつもりだったんだ」
「考えてなかったけど…適当に焼いて食ったんじゃね?」

大きな茶色の紙袋を抱え直して、ライオは真顔で答えた。
そういや出先でライオが料理担当名乗り出たとき、全食材が単品焼きで出てきたな…。

「でさ、おっけ?作ってくれんの?」
「しょうがないなぁ…」
「うわ、やった!たぬ先生も食ってく?」
「先生はー、いらないよね?」

にっこり笑って小首を傾げて、だけどファルの声は低い。
だがここで引いてどうするよ、同じリクエスト内容なのに、ライオの願いはアッサリ承諾だぞ。

「先生もちょうど食べたいなーって話してたんだ、ご一緒させてもらおうかしら」

うわー、にらんでる。メチャクチャにらんでますぜ旦那。

ファルが機嫌が悪い時の主な対処法は、落ち着くまで放置した後にじっくりフォロー。
だけど、今回はどうやら、そういうワケにもいかないらしい。

実はすでに一呼吸置いたんだよね、数時間。結果は現状が物語ってますけど。
何も知らないライオは、胸を張ってニヘニヘ笑ってる。

「どうせたぬ先生も一緒だと思って、ガッツリ材料買ってきたんだ。あ、先生、材料費半分よこせー」
「はい?つーかたぬじゃなくてラクですってば」
「ファルは調理担当だから差し引きゼロ、たぬ先生は食べる担当だから費用半分、200ゲルダね」
「仕方ないな…ほい、200ゲルダ」
「まいどー!んじゃ、お邪魔しまーす」

通行の邪魔にならない場所に張られたファルのキャンプに、ライオが嬉々として突っ込んでく。

装飾の少ない、実用一直線って感じの内装は、ホテルのファルの部屋の様子と一貫してる。
料理好きなだけあって、キッチンだけは不釣合いに充実していて、初訪問の時には驚いたっけ。

「ファルー、なんか手伝う事ある?」
「いいよ、その辺でのんびりしててー」
「んじゃ、いつもどおりテキトーにメンテしとくなー」
「うん、よろしくー」

受け取った材料を抱えて、ファルはキッチンへ。
ライオは床のクッションに座って、前にも弄っていた時計を引っくり返してる。

「たぬ先生、今度は何したの」
「…はい?」
「ファル怒ってんじゃん。また何かしたんだろ」
「へ、気付いてたのか」
「あんだけ徹底して先生だけ避けてれば、ラヴィにだって分かるって。で?」

思い当たる事と言えば、今朝の一連。

なんていうか…ほら、先生まだ若いし?
風呂上りで髪も下りたまま、朝っぱらからニコニコ笑いかけられたりなんかしちゃったら、
ただ優しく笑い返すだけなんて不可能っていうか?

「…言ったらファーに殴られる、グーで」
「…もっと自制心とか鍛えた方がいいんじゃねーの?」
「いや、分かってるんですけどね。どうにも…ははは」
「はははって…愛想尽かされるの、時間の問題なんじゃ」
「ぐっ」
「反省して、も一回誠心誠意謝って、俺の煮込みハンバーグの応援してきたら?」
「…そうします」

反撃の代わりにライオの髪をくしゃくしゃに撫でてから、キッチンへと向かった。



キッチンを満たす匂いが食欲を誘って、一層空腹感を覚えた。
エプロンの後ろ姿が、鍋の様子を見てる。

「何?」

いつもより低い、不機嫌な声。
料理してるうちに機嫌直ってることが多いんだけど…甘かったか。

「何で先生だって分かったのかな。そんな声出しちゃって」
「気配」
「ごめん」
「…」

少し振り返った横目が、メチャクチャ睨んでる。
敵と対峙する時とほとんど変わらないその空気は、いわゆる殺気とか呼ぶ物じゃないだろうか。

緩く抱き締めて、バードキスでも落としながら甘く囁けば、そのうち諦めたように苦笑してくれる。
今まではそれで済んできたけど、今回ばかりは…近づける雰囲気ですらない。

よし、とにかく謝り倒そう。

「ごめんなさい、このとおり。反省してます」
「そのセリフ、何度目だと思ってるのかな」
「だってさぁ。そりゃ先生も悪かったけど、ファーが」
「んー?」

不機嫌を通り越して怒りが含まれる声に、思わずファルの手元に愛用の剣が無いことを確認した。

「…オレが全面的に悪かったです。ごめんなさい」
「反省はしても、すぐ忘れたら意味ないよね〜?」
「いやいや、忘れてるワケじゃないのよ?ただ、あまりにもファーが」
「包丁でもブレードフォース撃てるかな」

包丁を手にファルが取った構えは、これでもかってくらいに見慣れてる。

「本当に反省してます、何でもするから許してください」
「………」

カチリ、とコンロの火を消す音。
軽く焼いたパンを入れたテーブルバスケット、横のトレーには三人分の煮込みハンバーグとサラダ。
それはとても美味そうだけど、どうにも空気が重い。

近付いてくる軽い足音に振り返ると、情けない表情のライオがひょこっと顔を覗かせた。

「まだー?ハラ減りすぎてライオさん倒れそう…わ、出来てる?これ運ぶ?リビングに運ぶ?」
「あ、うん」
「わーい、メシメシー!たぬ先生、パンよろしくー」

トレーを持ってキッチンを出て行くライオがあまりにも嬉しそうで、思わず笑った。
ふと目をやったファルも、苦笑を浮かべてる。

「毒気抜かれた…」
「はは…ホント悪かった、ごめん」
「料理失敗してたら、先生のせいだからな」
「その時は、オレが全部食うよ」
「食わなくていいから、反省内容をちゃんと実行してください」
「ぜ、善処します…」
「次やったらタヌキ鍋にするから、そのつもりで」

いつもの穏やかな笑顔の中、ちょっと目が本気だったのは…見なかったことにした。


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長〜いこと詰まって放置になっていたのを、ようやく完成…でもいつも以上に鈍い感じが否めない。
以前失敗した険悪な話(room)に再挑戦でした。

2008.4.