◆狸牛/人形
小さな―それでも島内では巨大な―街。
その片隅、滅多に人が来ないような場所に、その部屋はあった。
パスワードで守られていた、今はない、小さなオレの城。
パスワードを入れて、室内に入る。
床に座っていた可愛い"人形"が、紅い瞳をオレに向けた。
「ただいま。いい子にしてた?ファー」
元々の童顔が、髪が下りている所為で、さらに幼く見える。
手を伸ばして、少し伸びた紅い髪を撫でた。
不安げに瞳を揺らしながら、それでも怯えは見せない。
それだけ信頼されてるってコトなんだろうか―危害は加えないだろうと。
顎を持ち上げて、轡を噛ませた唇にキスをする。
後ろ手に拘束している手錠と、足枷から伸びる鎖がじゃらりと鳴いた。
「食事の前に、フロ入ろうか。今日は髪も洗ってあげようね」
伏せた瞼にキスして、額にもキスして、肩口の紐を引いた。
彼が眠っている間に着せたソレは、手錠を外さずとも着脱できる、簡単な服。
飾り気のない服だけど、肩で縛る紐を蝶結びにすると、妙に愛らしく見える。
彼に対する愛情が、そう見えさせているだけかもしれないけれど。
枷はそのままに、壁に繋がる鎖だけを外して、横抱きに抱えた。
また少し、軽くなったかな。
日に三回の食事だけじゃ、足りないのかもしれない。
時間さえあれば、合間に簡単な料理やカロリー食を摂っていたくらいだから。
泡の浮かぶバスタブに彼を入れ、掌で立てた泡でそっと肌を撫でると、くすぐったそうに体を捩った。
涌き上がる感情を抑えて、轡を外す。ほっと息を吐いて、彼は首を傾げた。
「先生…ソレ、つけるのやめない?おれ、そんなに騒がしい?」
「助けを呼ばれたら、先生泣いちゃうよ?」
「呼ばないよ、自由に動けないのは不便だけど、害はないし…あ、ぺそは?げん―んぅ」
言いかけた唇を奪って、深いキス。びくりと揺れた肩を、泡で撫でた。
「オレ以外の名前、そうやってすぐ口に出すから…轡を外せないんだけど」
「…ペットだよ?」
「ダメ」
キス。
「オレのコトだけ、呼んで」
もう一度、キス。
「オレが居ない間だけは、他のヤツのコト考えてもいいけど」
もう一度。
「先生が一緒に居る時は、先生だけを見て、先生だけを呼んで、先生だけを想いなさい」
やめろって言われてる低い声で、お決まりの台詞を並べる。
何て我侭で無意味な台詞だろうと思っていたのに、今は心からそれを望んでる―馬鹿みたいだ。
それでもファルは、蕩けるような顔で閉じていた紅い瞳を、ゆっくりと開いた。
「ええと、なんだっけ、そういうの。どく…どくナントカ」
「独占欲?」
「そそ、ソレ。さすが職業教師」
そう言って、ファルは嬉しそうに笑った。
この子は、自分の立場や状況が分かっているんだろうか。
バスタブから泡だらけの体を抱き上げて、シャワーを浴びせる。
タオルで水気を取って、服を着せて、髪を乾かして、鎖に繋いで…轡以外は、全て元通り。
床のクッションの上に座って、ファルは小さく―本当に小さく、息を吐いた。
オレの部屋の人形になってから、ファルは外に出たいと言わなくなった。天気さえ、聞かない。
欲しいものを尋ねても、オレが居るだけでいいと笑う。
多分、オレが、壊れないように。
「ファー」
「ん?」
穏やかな笑みを浮かべて、ファルは首を傾げる。
何度もしているように、頬を包んで、ゆっくりと唇を重ねた。
キスを繰り返しながら、手探りで手錠の鍵を開けて、足枷も解く。
数日ぶりに自由になった手で、ファルはオレの髪を撫でた。
優しく、何度も。
さくさくと草を踏む音がする。
「せーんせー、見つけたー」
聞き慣れた、少しだけ甘えるような声。
振り返れば、期待通りの人物が、にこやかに笑っていた。
「別に逃げも隠れもしてないだろ。…よく分かったな」
「ん、何となく。皆捜してるよ、久々に皆でどこか行こうって、ラヴィが」
「お前を攫って、雲隠れしたい気分だけど…そうもいかないか」
「あはは、また今度ね」
その場所には、もうオレの城はない。
「ほら、行こ、せんせ」
あまり大きくはない、けれど骨っぽい手が、オレのジャケットの袖を引いた。
閉じ込めてオレだけのものにしたいだなんて、二度と望む事はない…なんて、今でも言えない。
けれど、この手がオレを優しく捕まえてくれるから、オレは、他の誰かの前では強がっていられる。
この手が離れていかないよう、オレは、出来る限りの事をしよう。
壊れない為に、壊さないように。
やっちまいました監禁ネタ。
やはり私は18禁別館を持たないくらいで丁度いいのではないかと常々。
年齢制限ないって意識があるからこそ、極力抑えられるワケですね(´∀`;